人間、偉くなるとフットワークが重くなり、「用があるなら相手から来るだろう」などと思ってしまう手合いも少なくありません。
それでも相手が来るから良かろうとタカをくくっていると、得てしてロクでなしばかりが群がってきがちです。
今回はそんな慢心を戒めた徳川家康(とくがわ いえやす)とその家老・土井利勝(どい としかつ)のエピソードを紹介したいと思います。
■あいさつに来ぬゆえ知らぬとは……
土井利勝がまだ若いころ、家康がある家臣に役目を与えようと思い、利勝に諮問しました。
利勝に諮問する家康(イメージ)
「某について、器量や評判について何か情報があるか」
はて、左様な者は……利勝は答申します。
「彼の者につきましては、我が元へあいさつにも来ぬゆえ、わかりませぬ(此者は愚亭へ終に出入仕らず候へば、聢と存ぜず候)」
これを聞いた家康はたちまちご機嫌斜めとなり、利勝を叱り飛ばしました。
「バカもん!わしの目につく程の才覚を現しておる者を、家老のそなたが知らぬとは何事ぞ。まして『あいさつに来ぬゆえ』と言うことは、そなたはおべっか使いのへつらい者ばかり取り立てるつもりか!」
アピール上手で能力も高ければともかく、往々にしてそうした手合いは立身出世ばかり考え、アピールや世渡りだけに長けているもの。
「そのような者ばかり取り立てれば御家は傾き、遠からず滅び去る事となろう。わしはもちろん、そなたまで暗愚の汚名を蒙ろうぞ」
「誠に申し訳ございませぬ。とんだ心得違いにございました。」
「……よいか。武勇や知恵を備え、ひたすら忠義に励もうと心掛ける者は、己が出世のために軽薄なお追従や周囲を蹴落とすような真似はせぬものじゃ。それゆえ在野に埋もれがちな逸材を、こちらから発掘してこそ忠義の家老というものぞ」
家老の身分に驕り、自分から天下に名士を求める務めを忘れてしまっていた……すっかり恥ずかしくなった利勝は顔を真っ赤に泣いてしまったと言います。
その素直な姿に胸打たれた家康は利勝を優しく慰めて励ましました。
「自らの過ちを悔いて直ちに行動を改めるのは立派なことだ。そなたほどの家老は、当家に多くはおるまい(必ず実ある者は、至極の道理を聞きて、早速言行を改むるものぞ。今大炊などに続きての家老、我が朝に余多ありとも覚えず)」
以来、利勝は謙虚な姿勢で天下の人材登用に努め、徳川家の柱石として活躍したのでした。
■終わりに
家康の薫陶に大成した利勝。正定寺蔵
人材とは部下や取引先に限らず、プライベートの友人などにもあてはまるでしょう。
昔から「向こうから来るもの(例えば儲け話の勧誘など)にロクなものはない」などと言うように、地位に群がる有象無象に驕ることなく、自分の意思でよりよい人間関係を構築していきたいものです。
※参考文献:
それでも相手が来るから良かろうとタカをくくっていると、得てしてロクでなしばかりが群がってきがちです。
今回はそんな慢心を戒めた徳川家康(とくがわ いえやす)とその家老・土井利勝(どい としかつ)のエピソードを紹介したいと思います。
■あいさつに来ぬゆえ知らぬとは……
土井利勝がまだ若いころ、家康がある家臣に役目を与えようと思い、利勝に諮問しました。
利勝に諮問する家康(イメージ)
「某について、器量や評判について何か情報があるか」
はて、左様な者は……利勝は答申します。
「彼の者につきましては、我が元へあいさつにも来ぬゆえ、わかりませぬ(此者は愚亭へ終に出入仕らず候へば、聢と存ぜず候)」
これを聞いた家康はたちまちご機嫌斜めとなり、利勝を叱り飛ばしました。
「バカもん!わしの目につく程の才覚を現しておる者を、家老のそなたが知らぬとは何事ぞ。まして『あいさつに来ぬゆえ』と言うことは、そなたはおべっか使いのへつらい者ばかり取り立てるつもりか!」
アピール上手で能力も高ければともかく、往々にしてそうした手合いは立身出世ばかり考え、アピールや世渡りだけに長けているもの。
「そのような者ばかり取り立てれば御家は傾き、遠からず滅び去る事となろう。わしはもちろん、そなたまで暗愚の汚名を蒙ろうぞ」
「誠に申し訳ございませぬ。とんだ心得違いにございました。」
「……よいか。武勇や知恵を備え、ひたすら忠義に励もうと心掛ける者は、己が出世のために軽薄なお追従や周囲を蹴落とすような真似はせぬものじゃ。それゆえ在野に埋もれがちな逸材を、こちらから発掘してこそ忠義の家老というものぞ」
家老の身分に驕り、自分から天下に名士を求める務めを忘れてしまっていた……すっかり恥ずかしくなった利勝は顔を真っ赤に泣いてしまったと言います。
その素直な姿に胸打たれた家康は利勝を優しく慰めて励ましました。
「自らの過ちを悔いて直ちに行動を改めるのは立派なことだ。そなたほどの家老は、当家に多くはおるまい(必ず実ある者は、至極の道理を聞きて、早速言行を改むるものぞ。今大炊などに続きての家老、我が朝に余多ありとも覚えず)」
以来、利勝は謙虚な姿勢で天下の人材登用に努め、徳川家の柱石として活躍したのでした。
■終わりに

家康の薫陶に大成した利勝。正定寺蔵
……勇健にして智謀あり、一筋に主人の用に立つべし思ふ程の者は、追従軽薄をなし、非道なき事にて立身すべなしなどとは思はざるものなれば、左様の者の汝等が方へ出入せずとも、其方より手を入れて、念頃になすべし。これこそ忠臣家老ともいふべけれ……以上、土井利勝のエピソードをたどってきました。人間、偉くなると周囲にへつらい者が寄り集(たか)りがち。だからこそ謙虚に人材を求めねば遠からず腐ってしまうものです。
※『武野燭談』巻第十一「東照宮土井利勝に御異見の事」
人材とは部下や取引先に限らず、プライベートの友人などにもあてはまるでしょう。
昔から「向こうから来るもの(例えば儲け話の勧誘など)にロクなものはない」などと言うように、地位に群がる有象無象に驕ることなく、自分の意思でよりよい人間関係を構築していきたいものです。
※参考文献:
- 笠谷和比古 監修『武士道 サムライ精神の言葉』青春新書、2008年8月
- 矢野太郎 編『国史叢書 武野燭談』国史研究会、国立国会図書館デジタルコレクション
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
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