九郎助稲荷(綾瀬はるか)の実際の場所、蔦重の出自、桶伏の刑など…「大河べらぼう」初回放送振り返り
主人公の蔦屋重三郎こと蔦重が、生まれ育った「吉原」で「貸本屋を兼ねた書店」を開業したのは安永元年(1772)、23歳頃のことでした。
蔦重の貸本屋は大繁盛。「べらぼう」のドラマで登場する遊女たちも、蔦重で本を借りるのを楽しみにしていたのです。
前回の記事では、遊女たちが好んで読んでいた貸本についてご紹介しました。
吉原遊女に必須なのは教養!大河『べらぼう』で蔦重が営む貸本屋が遊女に大人気だった理由とは?

今回は、ドラマの中で、下層階級の遊女になり病に冒された遊女・朝顔に蔦重が読み聞かせをした書籍、『根南志具佐(ねなしぐさ)』についてご紹介します。

恋川春町作画『吉原大通会』。著名な狂歌師を吉原に呼び集めるというシーン。左下で本を配布しているのが蔦唐丸(重三郎)と解釈される wiki
■蔦重が遊女に読み聞かせた平賀源内の男色小説

「局女郎おこう」歌川国貞
蔦重が読み聞かせをした遊女・朝顔は、蔦重の幼少期に赤本の読み聞かせをして書物の世界の面白さや楽しさを教えてくれた女性。
もともとは花魁だったものの、体を壊し「河岸見世」と呼ばれる新吉原の中でも格式が低い局女郎を置く店に身を置くことになってしまいました。
病の床に伏している朝顔に、せめてものお礼にと蔦重が読み聞かせをするシーンがあります。
江戸の男色小説・平賀源内の「根南志具佐」

「平賀鳩渓肖像」。木村黙老著『戯作者考補遺』wiki
蔦重が読んだのは『根南志具佐』。
宝歴13年(1763)に刊行したもので著者は天竺浪人。
源内初となる小説で、人気の女形役者が船遊びの最中に溺死するという実際起こった事件をもとに創作した物語です。
地獄の閻魔大王が美しい女形に一目惚れして、てんやわんやの騒動が起こるという、男色家で有名だった平賀源内ならではのストーリーです。
美しい女形に一目惚れした閻魔大王

平賀源内との仲は有名だった瀬川菊之丞 (2代目) wiki
話は、絶世の美青年で女形・瀬川菊之丞(せがわきくのじょう)に夢中になった若い僧侶が、菊之丞に貢ぐために師匠の財産に手を付けるなど悪事三昧の上に死んで地獄にやってくるところから始まります。
「男が男と交わるなどもってのほか!」と男色を大否定し、僧侶に重い刑を課そうとする閻魔大王。
地獄の転輪王が「男色など、女色に比べればたいしたものではない。女色は『甘き蜜』、男色は『淡き水』のようなもの……無味の味は、佳境に入った者しか味わうことができないそうです」と進言します。
そして、僧侶が地獄まで持ってきた瀬川菊之丞の絵を「そこまで評判の美青年ならひとめ見てみたい」と閻魔大王にお願いします。

閻魔大王 wiki
「俺は見ないぞ、好き勝手にしろ!」と目を隠す閻魔大王。
転輪王が絵を壁にかけたところ、あまりの菊之丞の美しさに地獄の従者たちが一斉にどよめきました。気になった閻魔大王は、こっそり薄目を開けて菊之丞の絵を見てしまいます。
「こんなに美しい姿は菩薩もかなわない!」と、閻魔大王は、高い玉座から転げ落ちるほどの衝撃を受けます。
菊之丞に一目惚れしなんとか側に置きたいと願うも、菊之丞の現世での寿命はまだまだ先です。
そこで、閻魔大王は配下の者に頼み、菊之丞を溺れさせて地獄に連れて来るように命じます。ところが「菊之丞を殺せ」という命を受け侍に化けた河童が菊之丞に恋をしてしまい……というお話です。
実際、平賀源内は二代目瀬川菊之丞と恋仲だったという噂もあります。
■辛い人生を送る遊女にしばし楽しいひとときを

ところが、奇想天外の才能を持つ平賀源内が創作した「ただの荒唐無稽のお話」というわけもありません。この当時、江戸の出版界では笑いで世相を風刺する講義本というジャンルがあり、根無草もそのひとつでした。
幕府体制の堕落ぶりや、一目惚れした相手を殺してまで手に入れようとする傲慢な権力者を、地獄の閻魔庁になぞらえて風刺しているといわれています。
「根南志具佐」は3000部も売れ、その数は当時の平均的な本の売り上げの10倍近かったそうです。
「べらぼう」のドラマでは、蔦重が「河岸見世」という下級遊女に身をやつしてしまった朝顔のために、「根南志具佐」の読み聞かせをしているシーンがSNSでも話題になりました。
病床に伏し辛い日々を送る朝顔にとって、江戸のベストセラーのストーリーを聞いているひと時だけは、物語の世界に思いを馳せて楽しめたのかもしれません。
それだけではなく、わざわざ自分のところに足を運んで読み聞かせをしてくれた蔦重の優しさや温かさも胸に染み入ったのではないでしょうか。

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