【前編】では、ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」3話で、主人公の蔦屋重三郎が、版元として初めて作った本『一目千本』が、現代のクラウドファンディングのような「入銀本」だったこと。

当時は江戸庶民の間で「抛入(なげいれ)花」というスタイルの生花が流行っていて、数年前に各界の著名人を花になぞらえた『抛入狂花園』という見立て本が人気になったという下地もあり、蔦重が手がけた遊女を花になぞらえた『一目千本』が評判に評判を呼んだこと。


……などをご紹介しました。

大河「べらぼう」に登場!遊女を”花”に見立てた蔦屋重三郎 初の出版本『一目千本』を解説【前編】
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※実際に当時刊行された『一目千本』はこちらから閲覧できます。

花魁を生け花に見立て…大河「べらぼう」で紹介された北尾重政『一目千本』全ページを一挙紹介!
大河「べらぼう」に登場!遊女を”花”に見立てた蔦屋重三郎 初の出版本『一目千本』を解説【後編】


この『一目千本』の絵師として蔦重が目をつけて起用したのは、のちの浮世絵界に大きな影響を与えることになった江戸時代中期の浮世絵師・北尾重政(きたおしげまさ/橋本淳)でした。

「あの◯◯花魁は、始終ツンツンしているから『わさびの花』がいい」など、遊女の個性やイメージを花になぞらえた『一目千本』は北尾重政の細密で美しい画と、軽妙洒脱なたとえが評判をよび、吉原を訪れる客足は一気に増えていったそうです。

大河「べらぼう」に登場!遊女を”花”に見立てた蔦屋重三郎 初の出版本『一目千本』を解説【後編】


美人画 北尾重政 public domain

■蔦重が頼んだ浮世絵界の北尾派の祖・北尾重政

蔦屋重三郎は、その生涯で数多くの浮世絵師や戯作者たちと関わり仕事をしていました。

現代でも有名な喜多川歌麿・東洲斎写楽ほか、そうそうたるメンバーの中で、最も長い付き合いだったのが 北尾重政だったそうです。

北尾重政は、小伝馬町の本屋の長男として誕生。本に囲まれて育ち浮世絵師となりました。また、浮世絵だけでなく書道やその他の文化芸術にもたけたマルチな才能の持ち主だったようです。

大河「べらぼう」に登場!遊女を”花”に見立てた蔦屋重三郎 初の出版本『一目千本』を解説【後編】
三味線を持った下女と芸妓北尾重政 public domain


三味線を持った下女と芸妓 北尾重政 public domain

まだまだ駆け出しの版元・蔦重と当時すでに有名だった北尾重政がどこでどう知り合ったのは、定かではありません。

「蔦重出版物に“北尾重政”あり、商売初期から支える人気絵師」といわれるほどの絵師だったそうです。

北尾重政は、鈴木春信や勝川春章(かつかわしゅんしょう)と並ぶ、江戸の浮世絵美人画絵師として知られ、細部まで描き込んだ繊細かつ流麗なタッチや上品で趣のある色彩で人気を集めました。


■江戸で流行った生花「抛入花」に発想を得る

北尾重政に画を依頼した『一目千本』は、さまざまな遊女を「花」に見立てて、その人の個性や雰囲気などを花の種類で表現するという手法で作りました。

対象を「何か別のものに見立てる」という文化は、古来から日本に存在していたものです。

たとえば、見立ての技を競うような和歌、石・砂・木などを使い川や海などに見立てる日本庭園などは代表的なものといえます。

さらに江戸時代には、画や言葉に見立ての技を取り入れるのが流行っていたそうです。

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砂庭式枯山水(龍安寺方丈石庭)wiki

【前編】でもご紹介しましたが、当時の江戸では形式に縛られずに楽しむ「抛入(なげいれ)」という生花のスタイルが流行っていました。

まあ、蔦中が『一目千本』を出版する数年前の明和7年(1770)には、洒落本作家の蓬莱山人が、各界の著名人を花になぞらえた『抛入狂花園』という本を出し話題になったということもありました。

そこで、蔦重が「吉原遊郭の宣伝になるような本を」と思いついたのが、『一目千本』だったのです。

■精密な花の画だけで姿をイメージさせる

大河「べらぼう」に登場!遊女を”花”に見立てた蔦屋重三郎 初の出版本『一目千本』を解説【後編】


吉野山の桜開花時期の景観。山上から金峯山寺方面wiki

そもそも『一目千本』という言葉は、「一目で千本の桜が見渡せる」という意味。

特に、桜の名所である奈良県吉野山で、「一望のもとに千本の桜が見渡せる絶景の場所」のことを指します。

蔦重は、この本一冊を見れば吉原の遊女たちが分かるというような意味を込めたのでしょうか。

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花菖蒲とミズアオイ 北尾重政 public domain

いつもツ~ンとしている遊女は「わさびの花」、手紙の文章ばかり書いている遊女は「カキツバタ」……と花に見立て、繊細なタッチで画を描き、そこに遊女の源氏名と妓楼の名前を書き添えた『一目千本』。


見ているだけでも「いったいどんな遊女なのだろう」と頭の中でイメージが膨らむような本だったそうです。

「◯◯屋には◯◯という遊女がいる」という文章だけではそのまま読み流されてしまうところを、あえてひとりひとり「花」にたとえることで好奇心を刺激するようにしました。

さらに『一目千本』は、本屋で一般的に売らず、一流の妓楼や引手茶屋のみでしか入手できないようにしました。(ドラマでは「床屋」など店舗にサンプル本を置き、興味を持った客が気軽に読めるようにしていました)

この本を持っていることが吉原の常連の証となることも、客の所有欲をそそったそうです。

『一目千本』は、上下2巻で70ページほどの手軽に持ち運びできるサイズで、気軽に手に取ったり持ち運びがしやすいサイズだったそうです。

大河「べらぼう」に登場!遊女を”花”に見立てた蔦屋重三郎 初の出版本『一目千本』を解説【後編】


遊女美人画 北尾重政 public domain

■実際の彫師・摺師さんが登場した製本の場面

ちなみに、ドラマの中で北尾重政の絵を、彫師が板木を裏返しに貼った下絵ごと彫り、摺師が板木の上に墨を塗り、紙を置き摺るというシーンがありました。

精密で精巧な仕事ぶりがうかがえましたが、実際に本物の彫師さんや摺師さんが演じたそうです。

細かく絵柄を彫って紙に刷り、その紙を綴じて一冊の本に仕上げていく(ドラマの中では河岸見世の遊女たちが、蔦重が差し入れたお金でおにぎりを食べられるようになったお礼にと本を綴じる作業を手伝うというストーリーになっています)。

江戸時代の一から十まで全て「人の手による」元祖アナログな製本方法と、現代のクラウドファンディング的な出版方法・フリーパーパー的な広報の方法の蔦重の発想との対比が、興味深い回でした。

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