日米豪や東南アジアなど14か国が参加する新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」は2023年11月16日、米西部サンフランシスコで首脳会合を開き、交渉4分野のうち「脱炭素」など3分野の合意を確認した。発表された首脳声明は「記録的な速さで目標を達成した」などと成果を強調した。

ただ、積み残した「貿易」分野は参加国間の隔たりが大きく、中国への対抗をもくろむ日米などの狙い通りに進んでいるとは言いがたい状況だ。

中国の影響力拡大をけん制する狙いから米国主導で発足したIPEF 今回、新たに「重要鉱物対話」の立ち上げ決定

J-CAST 会社ウォッチが「米国主導の新経済圏構想『IPEF』始動へ...日本も参加方針 『関税引き下げ』はなく...アジアを巻き込めるのか?」(2022年5月20日付)、「『インド太平洋経済枠組み(IPEF)』、1分野で初の合意 大はしゃぎの日米に、他国からは『冷めた目』が注がれる理由」(2023年6月4日付)で報じてきたように、IPEFは中国の影響力拡大をけん制する狙いで2022年5月に、米国主導でスタートした。

米トランプ前政権が環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱した間隙を突くかたちで中国がアジア太平洋地域で影響力を拡大するなか、バイデン政権が取り組む「ルールに基づく国際秩序」の再構築の重要な足がかりがIPEFだ。

今回の首脳声明は、首脳会合に先立ち、13~14日に開いた閣僚会合で交渉4分野のうち「供給網」の協定に署名したこと、「クリーン経済」と「公正な経済」の2分野で実質妥結に達したことを確認。「供給網途絶を防ぐ能力を高め、クリーンな経済への移行を強化し、汚職と闘う」と3分野の意義を強調した。

実質妥結に至らなかった「貿易円滑化」についても、交渉を前進させていく方針を明記した。

また、新たに「重要鉱物対話」の立ち上げも決めた。

貿易拡大が眼目でないIPEF 新興国への「実利」もたらせるかが成否を左右

IPEFは多国間の経済協議だが、TPP(日豪英加、メキシコ、東南アジアなど12か国)や地域的包括的経済連携(RCEP、日中韓豪、東南アジアなど15か国)などのように、貿易について市場開放(関税の引き下げ、撤廃)を中心にした貿易拡大を眼目にしているのではなく、労働・環境などの面で基準を満たした国に便宜を与える、などの内容が中心になるのが大きな特徴だ。

逆に言うと、参加国(とくに東南アジアなどの新興国)には米国という巨大市場の開放で自国の輸出を増やせるという直接的メリットがない。

それらの国々は中国との貿易関係が強く、米中の間で様子を見ながらIPEFにも参加しているのが実際のところだ。その意味からも、新興国にどんな実利をもたらすことができるかがIPEFの成否を左右する。

◆「重要鉱物対話」、重要鉱物の輸出制限など威圧的態度を振りかざす中国への依存度を下げる狙い

こうした事情を踏まえ、今回の合意を見ておくと、まず、脱炭素に向けた「クリーンな経済」では、新興国の脱炭素化の支援で日米豪が3000万ドル(およそ45億円)規模を拠出する基金を創設すると打ち出した。

これとは別に、日本は2023年度補正予算案に盛り込んだ1400億円のグローバルサウス支援策について、IPEF参加国に優先的に配分すると表明。岸田文雄首相は会合で「実体的なメリットを提示できるよう日本として取り組んでいく」と述べた。新興国のメリットを強調したものだ。

税逃れ防止などの「公正な経済」では、マネーロンダリング(資金洗浄)対策や腐敗行為の防止策をとることで一致。ただ、単なる先進国からのルールの押しつけでなく、新興国への投資拡大策と併せて示し、ルールの順守を促していくとした。

「供給網強化」は5月に先行して合意していた。

有事に特定の国で物資が不足した場合、IPEFのネットワークで新たな輸出先を開拓することなどが盛り込まれた。

供給網とも関連し、新たに開始する「重要鉱物対話」は、重要鉱物の輸出制限など威圧的態度を振りかざす中国への依存度を下げることが狙いだ。

IPEFの参加国には、ニッケルの埋蔵量が豊富なインドネシアやフィリピンなど重要鉱物の供給国が含まれている。資源調達国である日米などの企業が産出国への投資を増やし、供給網の結びつきを強めていくとみられる。

人権保護やデジタル経済、参加国の対立が解消できず デジタル経済の交渉は、米国として交渉を進めにくい実情も

一方、積み残しになった「貿易円滑化」は、手続きのペーパーレス化など参加国の意見の相違がない部分では一致したが、人権保護やデジタル経済などでは参加国の対立が解消できなかった。

人権保護などは、制度整備の支援なども組み合わせながら、新興国に受け入れ求めることになる。

デジタル経済分野については、米国内で民主党を中心に、データの越境移動の自由など高度なデジタル貿易を巡るルールづくりへの反発があることが障害になっている。

米国が離脱したTPPはデータ流通の詳細なルールを盛り込んでおり、これに劣るような合意しかできなければ、IPEFの存在意義が問われかねない。

だが、米国は2024年秋の大統領選を控え、バイデン政権は支持層からの要請もあってIT大手に対する規制を強めようとしており、デジタル経済の交渉を進めにくいのが実情だ。

もちろん、大統領選でトランプ氏が返り咲くようなら、TPP同様、IPEFからも離脱するなど空中分解の可能性も取りざたされる。

先行き不透明感を抱えながら、IPEFをいかに実効あるものにしていくか。米国と新興国の間に立つかたちの日本の果たすべき役割もまた大きい。

(ジャーナリスト 白井俊郎)