「つい一昨日までも、このスタジオで、4月から始まる月9ドラマのテーマ曲などの録音をしてました。本来、4月放映ならば3月でも間に合うのですが、僕ら音楽の仕事も、コロナで予定がガタガタになっています」

1月最後の日曜の午後。

機材がズラリと並んだ東京・市谷の録音スタジオで、自身の近況を語り始めたのは服部隆之さん(55・隆は旧字)。『王様のレストラン』『のだめカンタービレ』(フジテレビ系)といった名作ドラマやNHK大河ドラマ『新選組!』、そして映画『HERO』などのテーマ曲を手がけた、当代きっての作曲家・編曲家だ。

最近では、多くの流行語を生み出し、昨年の年間視聴率トップとなったドラマ『半沢直樹』(TBS系)で、血がたぎるストーリーを音楽でさらに熱く盛り上げてくれた。

「僕はふだんから自宅の地下2階の仕事部屋で、ときには10日間も籠って、曲を作っているのですが、さすがに60代を前にして、健康には気をつけています。祖父も親父も、亡くなる前には大病していますから」

隆之さんの祖父は、『東京ブギウギ』『青い山脈』などの曲で戦後のわが国を元気づけ、「日本歌謡界の父」とも称された服部良一さん。父は、『ミュージックフェア』(フジテレビ系)の音楽監督や『ザ・ベストテン』(TBS系)のテーマ曲はじめ生涯に6万曲以上を手がけた服部克久さん。つまり、隆之さんは、「華麗なる作曲家ファミリー」である服部家の3代目だ。

服部隆之さんは65年11月21日、渋谷区で父・克久さんと母・時子さんとの間に生まれた。

「6歳から、先生についてピアノを始めましたが、その年ごろの男の子にとってね、ピアノってつまんないですよ(笑)。祖父の誕生日とクリスマス、正月には親戚が集まって『歌唱コンクール』が開催される。歌い手は僕と妹やいとこたち。服部克久が審査員、服部良一が審査委員長ですから、たしかにスゴイ(笑)。

でも、音楽一家らしいエピソードは、逆にそれくらい。祖父とは別に暮らしていて、ふだんはそんなに交流はなかったんです」

一方、父の克久さんは前述の音楽番組に加えて、郷ひろみ山口百恵らトップスターのショーの音楽作りなどに慌ただしく過ごす日々。

「父は、『最近、サボってるらしいな』とソフトな口ぶりでしたから、そのゆるさが僕にはありがたかったですね。ただし僕も音楽自体は好きで、中高ともブラスバンドをやり、仲間とバンドも組んでましたから。音楽を決定的に嫌いにならずにすんだのは、『家業を継げ』と強制されなかったことが大きい」

高校を2年で中退し、フランス留学に踏み切ったのも父親の影響だった。この留学を決心した時点で、ひそかに「真剣に音楽でやっていこう」と決めていたそうだ。

「背中を押してくれた親父との会話が2度あったんです。1度目は中3のとき。『俺と同じ仕事をやってくれたらうれしい』と」

そして2度目は、まさに明日からパリ留学が始まるという前夜、場所はイタリアだった。

「家族が夏休みを利用して、ちょうど欧州旅行に来てました。2人で白ワインを飲んでいると、親父がふと口にしたんです。『商業音楽をやるというのはな、自分のスキルとテクニックを切り売りしてお金に換えることだ』。

留学で頭でっかちになって、僕がクラシックとポップスに優劣をつけるような考えに陥るかもしれない。音楽に優劣はないし、また奇麗事でもすまない。『心して取り組めよ』という意味だったと思います。きっと親父自身、30年ほど前のパリで、同じような経験があったのでしょう」

5年間のパリでの生活を終えて帰国した隆之さんを、いきなりビッグな初仕事が待っていた。89年1月発売のさだまさしさん(68)の『夢の吹く頃』で、アレンジを任されたのが、隆之さん。

「七光り、いや、祖父からだから十四光りですよね(笑)。でも、この七光りは、僕にとっては、非常にナチュラルなものになっちゃうんです。だって親父の克久がもうすでに服部良一の息子で、『父親の名前をおおいに利用させてもらった』なんて公言してる。僕自身、さださんのあとにも谷村新司さん、さらに『夜のヒットスタジオ』の音楽監督など、普通の新人ではありえない。そうやってデビュー直後からいろんな仕事をいただけたけど、うまくいけば『さすが服部先生のご子息ですね』となり、ダメなら『ご子息なのに』と言われるだけ。いつか、七光りも気にならなくなってました」

そして、13年7月放送のドラマ『半沢直樹』の音楽を担当することになる。最初の依頼は放映の1年ほど前で、TBSの名物ディレクターの福澤克雄さんからだった。

「新ドラマの主人公は銀行員で正義感が強く、汚職や悪に敢然と立ち向かうキャラクターであり、主演は堺雅人さん。そうした基本情報をお聞きして、そこからイメージを膨らませます。 曲作りに際して僕が思い描いたのは、風車に立ち向かうドン・キホーテ。いや、もっともっと熱い男像を、音楽に込めました」

その結果こそ、あの波乱が巻き起こる予感でワクワクするような名曲だったのだ。

(撮影:田山達之)

「女性自身」2021年3月2日号 掲載

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