炎天下、照り返しも厳しい都心の住宅街。撮影のつかの間、手を握り合う2人。
緊張しながらも「元気に生まれてくるといいね」「笑顔、ちゃんとして(笑)」と仲むつまじくポーズを取っているのは、芸人のだいたひかるさん(46)とその夫、アートディレクターの小泉貴之さん(44)だ。
おなかの子は取材当時14週目。「前から出てたからかな? おなかはわかりにくいんです。腰についた肉のほうが気になるくらい」と、だいたさんはカメラマンに説明する。きゃしゃな体形ということもあり、はた目には妊婦だとわからない。予定日は来年の1月30日だ。
「そのとき僕は何歳だろう、今30だから……」
「今40代だよ!」
すかさず初代R-1王者のツッコミが入る。息がピタリと合っている芸人コンビのような夫婦だ。笑いが絶えない家庭を想像するが、結婚してから8年、現在に至るまで平たんな道のりではなかった。
今年の5月、体外受精で妊娠したことをブログで公開。だいたさんは45歳で、“超高齢出産”といわれる年齢になっていた。
「ここまで来るのに、手こずりまくりでした。
はにかむようにほほ笑んで、小泉さんの手をまた握る。その瞳にはすでに、母の強さが宿っている。乳がん再発後に言っていた、だいたさんの言葉がよみがえってきた。
「私、起き上がりこぼし人間になりたいんです」
■不妊治療のなか、雪崩のように襲い来るがん。そして再発
最初の乳がんが発覚したのは16年。夫婦二人で、なかなか結果の出ない不妊治療に試行錯誤していたときだった。
’16年1月末、MRIや組織検査の結果を聞く前日、小泉さんはだいたさんに秘密で病院に電話したと話す。
「悪い話なら事前に知っておきたかったんです。ショックを受けるであろう妻と同じテンションで聞くのではなく、次の手を打つ準備をしておきたくて。でも、本人以外には『教えられません』と言われてしまいました。そりゃそうですよね(笑)」
結果は悪性。全摘も視野に入れるという診断だった。
「私、がんになってから不妊治療してる人がキラキラして見えて、ああもうあのステージに立てないんだな。って思ったことが本当につらかったんです」
再発リスクを減らすため、2人は、右胸全摘手術を決めた。その一方で、不妊治療がやはり気になる。絶対に、あきらめたくない。小泉さんは、がん治療の前にもう一回採卵して受精卵を凍結しようと提案した。
■不妊治療再開に秘めた夫婦の決意
右乳房の全摘出手術をした。しかし、ほどなくして再発。がん治療のために女性ホルモンを抑える薬を使用しながら、我が子を授かるという夢が遠ざかっていく。
理想は女性ホルモンを抑えるがん治療をあと3年続けることなのだが、45歳を迎えてすぐ、だいたさんは決意した。
「私の乳がんが遺伝性かどうか調べる検査を勧められたんです。もし遺伝性だったら、卵巣でもがんが再発する恐れがある。
がんの治療を中断し、不妊治療を再開することにしたのだ。
「主治医も『たった一度の人生だから応援します』と言ってくださったので、凍結している受精卵を迎えに行こうと思いました。それは妻と同じ気持ちだったんですが……、この先に採卵をさらに続けたいと言われたら、“引き留めよう”と思っていました」
小泉さんは、少し眉間にしわを寄せて「実は複雑な心境だった」と話す。
──大事なのは、妻の命。
「もし結果がよくなかったら、2人でいるだけで楽しいから、それでいいじゃんっていうふうに持っていこうとしていました」
だいたさんが乳がんになってから5年、2人だけでも僕は幸せだと、伝えられていた「自信がある」。がんの再発のことは頭から離れず、葛藤はあるが子どもは欲しい。悩んだ揚げ句、これが最後と割り切り、腹をくくったのだ。
「自分ががんになって、夫には申し訳ないという気持ちがあります。再発したときも、また家族のテンションを下げちゃうなって、残念でした。だけどがんになってから、命に限りがあることを重々感じたので、人生やり残したことがないようにしたいという思いが大きかったですね。凍結した受精卵の保存について、年に1回、更新手続きがあるんですが、その日だけ親になった気持ちになっていました。
そんな、覚悟をあらたにしただいたさんに、奇跡が起こった。
以前、不妊治療中に凍結しておいた受精卵は最後の一つ。お腹にもどした最後の希望が無事に着床し、妊娠したのだ。取材時は14週目。経過は順調だ。
■これからも、私は起き上がりこぼし人間で
「マルコメ君って呼んでる、彼の子どものころの写真があるんですけど、つらいときに見ると和むんですよ。これがおなかの中から出てくるのか~と思うと、頑張れるというか。出産って命懸けって言いますけど、私の場合ちょっと前倒しで命懸けなので、1日1日油断できない。楽しもう、という気持ちとの間で揺れている日々です」
2人の今後の目標は?
「最大の目標は死なないってことですね。子育てが終わるまでは。おりを見てがんの治療にも戻ろうと思っています」とだいたさん。相変わらずの“らしい”答えだ。
「僕は子どもを持つというよりも、親にさせてもらうって感覚のほうが強いです。2人で親になれるんだと思うと、シャキッとしなきゃって思います。目標というには変かもしれませんが、2人の両親に子どもの顔を見せたい。僕たちにとっては、それはすごいイベントなんですよ」
小泉さんの言葉を受け、うれしそうにうなずくだいたさん。
「子どもが健康に生まれてくれて、3人仲よく暮らしたいと願っています。先の人生、何があったとしても、起き上がりこぼし人間の記録を更新していきたいですね」