「ネグレクトの環境下に置いていただけではなく、獣医師免許も持たない素人が犬をひもで縛り付け、無麻酔で帝王切開し、取り出した子犬を販売していたんです。犬たちは苦しみながら、痛ましい状況で死んでいったといいます。

これを殺傷罪に問わずにどうするのでしょう」

そう語るのは女優の杉本彩(53)。14年より自らが立ち上げた「動物環境・福祉協会Eva」の理事長を務める彼女が怒りを隠さないのは、21年9月に発覚した史上最悪の動物虐待事件のことだ。

長野県松本市で、犬の繁殖と販売をしていた事業者が劣悪な環境で計約千匹を飼育。犬たちは餌や水も満足に与えられず、ふん尿は垂れ流しのまま、交配と出産時以外は狭いケージに閉じ込められていた。いざ出産が近づくと、事業者の男は嫌がる犬の腹を麻酔もせずに切り開いていたというのだ。この施設は約30年間、営業していた。

「傷が開いて腸が飛び出した犬もおり、死骸はゴミとして廃棄していたというから、まともな人間がすることではありません。一方で、通報を受けながら事業者に適切な指導も行わず、5年に1度の業者としての登録の更新をさせ続けた行政の体制にも言葉を失いました」

この一件が事件化したのは、元従業員からの告発を受けた「Eva」が、殺傷罪と虐待罪で刑事告発したことがきっかけ。すぐに「虐待罪(100万円以下の罰金及び1年以下の懲役)」で起訴されたが、杉本は今年1月、告発内容にある「殺傷罪(5年以下の懲役、または500万円以下の罰金)」の追起訴も求めたのだった。

事業者の非道ぶりは言うまでもないが、厳罰を求め精力的に活動する杉本の姿も印象的だった今回の事件。’19年の動物愛護管理法改正時には25万筆近い署名を集めるとともにロビー活動も行い、殺傷罪と遺棄・虐待の罪、両方において厳罰化を成立させるなど、激烈なアクションを続けている。

イメージが重視される芸能活動への影響も覚悟のうえで動物のために闘うのはなぜか。

そう尋ねると、「ものを言えない動物は、社会における最大の弱者。弱い立場の命を軽んじる社会に、幸せはないと思うからです」と答えてくれた。

■「ただ動物をかわいがるのではなく、動物の幸せを最優先に考える」

「子どものころから『弱きを助け、強きをくじく』性分なのですが、そんな私が吐き気を覚えるのが、動物と子どもへの虐待です。いずれも社会的に最も弱い立場の命を脅かすものであり、被害者には1ミリの非もありません。

ただ、すべてに自分が関わることは無理なので、動物を守る活動だけは徹底してやっていこうと決めたんです。私自身が幼いころから動物との関わりが深く、エゴも欲得もない動物の純真さに救われることや、人間より短いその一生から学ぶことが、数多くあったからでしょう」

彼女と動物との暮らしは、小学生のころに知り合いからシャム猫を譲り受けたことが始まりだ。

その猫ときょうだいのように暮らし、以来、捨てられている猫を見つけては家族として迎え入れた。二十歳で上京すると、街角に保護するべき猫が見当たらず、やむなくペットショップへ。そこで生体展示販売を目の当たりにし、違和感を覚えながらも、まだ生体展示販売の問題を知らなかったことから、「いちばんからだの弱そうだった」猫を一匹、また一匹と迎えたという。10年後、そのうちの一匹を人生で初めて見送ったことの後悔と学びが、活動に至る原点の一つだ。

「エルザという女の子でした。ある日元気がなかったので、町の動物病院に連れていって、入院させたんです。

当時の私は無知で、すぐに元気になると思っていたら数日後に容体が急変。実は心臓病だったとわかり、慌てて大学病院に連れていったのですが、その日のうちに亡くなってしまったんです。

病気に気づけなかったこと、獣医師の選び方の甘さ。自分の未熟さのせいでエルザの死を早めてしまったと泣き暮らし、一時は立ち直れないほどでした。あのときの教訓が、ただ動物をかわいがるのではなく、動物の幸せを最優先に考える『動物福祉』の考えにつながっていると思います」

さらにその数年前、彼女は東京で初めての保護猫「チロ」と出合う。しかし、当時は所属事務所から独立したばかりで、先住猫もいた。

自身が飼うことは断念し、泣きながら里親に託したことも大きかったという。

■今年1月、猫を虐待する動画を挙げたYouTuberの刑事告発が警察に受理された

「別れは本当につらかったのですが、同じように救いが必要な動物に出合ったら助けたいと思い、里親さんにお願いしたんです。大切なのは保護したその子の幸せであり、自分の寂しさや悲しさを優先するのはなにか違うと気づいたころですね」

その後、保護しても保護しても終わりが見えないことを痛感。さらに保護活動を通じて「目に見える範囲のそのまた向こう側に、苦しんでいる動物たちがいることが容易に想像できるようになりました」と語る。

「そもそも不幸な動物を生み出したくないですし、そのためには生体展示販売を行うペットビジネスのあり方や、法律の問題についての啓発が非常に大切だと気づいたんです。けれど、個人での活動には限界がある。

そこで、社会に山積している動物をとりまく問題を、根本から解決していくための組織としてEvaを立ち上げました」

設立の翌年には公益財団法人として認められ、動物福祉を目指し数々の問題に取り組んできた。今回の松本市動物虐待事件への追訴請求も、その1つだ。

同じく今年1月には、再生回数を稼ぐ目的で、猫を虐待する動画を挙げたYouTuberの刑事告発が警察に受理された。動物虐待に対し厳罰を求める姿勢は、決してブレることはない。今後も、救うべき動物が適切に保護される法改正と仕組みづくりについては、最優先で取り組んでいくという。

「しかし、法改正が実現するなど、一歩前進すると、副作用のようにまた新たな問題が生まれるんです。安易な殺処分を防ぐべく、自治体が業者から動物の引き取りを拒否するようになると、『引き取り屋』といわれる悪質な業者が誕生してしまったのが典型例。まるでもぐらたたきですが、一番の弱者である動物が安心して暮らせる社会を目指して、今後も活動をしていきます」

声を上げられない動物たちに山積する問題に立ち向かうべく、杉本の闘いは続くーー。