住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代、髪形やしぐさを“まねっこ”したスターの話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。

「’82年にレコードデビューしたものの、歌手活動は1年で終了。ライブは学園祭ぐらい、歌番組にも10本ほどしか出ていません。そんな私が’84年に『ひるのプレゼント』(’70~’91年・NHK)という番組で歌を披露したとき、“みんなが知っている曲がいい”と思って選んだのが『夏の扉』(’81年)。発売当時から大好きな曲で、なにより、思うように活動できなかった“アイドル歌手”を堪能できました。じつは“聖子ちゃんカット”をまねして撮影したブロマイドが、マルベル堂の売り上げで、初登場6位になったこともあるんです」

こう語るのは、タレントで、「動物占い」による個性診断の資格を持つ白石まるみさん(59)。

芸能界入りは’78年。中学卒業とほぼ同時期にドラマ『ムー一族』(’78~’79年・TBS系)の“郷ひろみ恋人役オーディション”で、役を射止めたことが始まりだ。

「(樹木)希林さんからは『あなた、美人じゃないけど、面白い顔してるところが、とてもいいわよ』との評価(笑)。オーディションがあった翌日から、お昼のワイドショーに生出演するほど、あわただしいスタートでした」

その日を境に、環境が激変。テレビ業界に食らいついていくことで精いっぱいだった。

「業界では夜でも『おはようございます』とあいさつするのが普通で、私もそうするようにしたのですが、(郷)ひろみさんに『まるみちゃん、とうとう芸能界に染まったね。夜は“こんばんは”と言えるような、染まらない人が素敵だと思うよ』と。

それで、あいさつを使い分けたりしていました」

『ムー一族』の演出を手がけた久世光彦氏にもしごかれた。

「何回やっても私のお芝居がうまくいかなくて、1時間とか2時間、同じシーンを稽古したことも。忙しい先輩役者さんをずっと待たせてしまうというプレッシャーをかけられたことで、成長していけたんだと思います」

女優デビュー後、すぐに歌手デビューの話が舞い込んだ。ところがーー。

「当時は、山口百恵さんや渡辺真知子さん、ニューミュージック界では竹内まりやさんやユーミンが人気で、みなさん、すごくお姉さんっぽいじゃないですか。私はまだ16歳で子どもすぎたので、お断りしてしまったんです……」

■楽屋では年下のアイドルたちになじめなかった

松田聖子がデビューしたのは、それから間もなくのことだった。

「カワイイ! 細い! 衣装がフリフリ! なんだこの髪形は!? って、存在に圧倒されました。聖子ちゃんは、それまでのアイドルの概念を塗り替えるほど新鮮だったんです。“ああ、この路線はアリだったのか!?”と、“若さ”を理由に歌手デビューを見送ったことを後悔しました」

そんな思いを抱きながら、ドラマの撮影などのために週4日、TBSに通っていた。

「『ザ・ベストテン』(’78~’89年・TBS系)が放送される木曜は、楽屋周辺に歌手の人が増えるのですが、ドラマのスタッフさんからは、『同じ舞台に立って、同じテレビの仕事をしているんだから、憧れの歌手がいても、絶対に騒ぐな』とくぎを刺されていました。ところがある日、トイレに入ろうとしたところで、聖子ちゃんとすれ違ったんです。思わず声をかけそうになりましたが、さすがにトイレの前で話しかけるわけにはいかないので、我慢(笑)。

単にすれ違っただけですが、キラキラした、とんでもないオーラが見えました。“だからスターっていうんだな”と納得すると同時に、“私が同時期にデビューしても、聖子ちゃんのようになれるわけがない”と痛感したんです」

そんな白石さんに再び歌手デビューの話が舞い込んだのは、後に“花の”と称される、’82年だった。

「(堀)ちえみちゃんや(松本)伊代ちゃん、キョンキョンなどそうそうたるメンバーがデビューした年。私はすでに19歳になっていたので、今度は“若いアイドルが多いから、ちょっぴりお姉さんのイメージ”で売り出すことになったんです」

松任谷正隆と松任谷由実が手がけた『オリオン座のむこう』で歌手デビュー。

「楽屋は同期のアイドルと一緒のことが多かったですね。明菜ちゃんは当時から落ち着いていたけど、ちえみちゃんや伊代ちゃんはまだ16~17歳だったから、まるで学校の教室。“私の『セブンティーン』、誰が持っているの?”なんて言いながら走りまわっている輪の中になかなか入れず、歌手活動は1年でやめてしまいました」

■『スチュワーデス物語』のぶりっこキャラは聖子を参考に

同期のアイドルとは、歌番組よりドラマで共演したことで仲よくなったという。とくに堀ちえみとは『スチュワーデス物語』(’83~’84年・TBS系)で友情を深めた。

「テレビ局から2万円ほどもらって、自分で衣装を探すのですが、原宿の『ラフォーレ』に行ったりしていましたね」

同作品で“ぶりっこ”役を演じた白石さんが、参考にしたのはもちろん聖子。

「聖子ちゃんのように内股にすると服もかわいく見えるんです。首をちょっとかしげて上目遣いをしてみたり、口を半開きにしてみたり、テレビで聖子ちゃんを見ながら、いろいろ勉強しました。そんなときに頭の中に流れていたのが『夏の扉』でした」

『スチュワーデス物語』は、高視聴率をマーク。

白石さんのキャリアにおいても、大きな転機に。

「番組終了後、クロネコヤマトの“スキー宅急便”のCMに、しばらく出演させていただきました。ここでも『スキー行くのに、なんで手ぶらなの?』『まるみ、もってなーいの』という“ぶりっこ”なやりとりがあったりして、聖子ちゃんキャラは、けっこう続けさせてもらいました(笑)」

現在は、17LIVEというライブ配信アプリにて『_まるみん_』という名で昭和歌謡を披露。また、アルバム『風のスクリーン』(’82年)のリマスター版が6月29日に発売予定だ。

「私の、たった1枚のアルバム。今年11月に還暦を迎えるにあたり、ライブを開催予定なのですが、自分の曲を、当時のファンと一緒に楽しみたいですね」

聖子ちゃんのようなキラキラアイドルの姿が見られるはずだ。

【PROFILE】

白石まるみ

’62年、東京都生まれ。’78年、ドラマ『ムー一族』の「居酒屋ひろみ」の女将の妹役でデビュー。以降、『スチュワーデス物語』や渡辺徹主演の『風の中のあいつ』(’84年・日本テレビ系)などに出演する。現在は「動物占い」で有名な個性心理學の講師も務めている

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