2021年11月に99歳で逝去した瀬戸内寂聴さん。その晩年に密着した、ドキュメンタリー映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』(配給:KADOKAWA/制作スローハンド)がいま公開され、好評を博している。
監督を務めたのはドキュメンタリー監督の中村裕さん(62)だ。寂聴さんからは“裕さん”と呼ばれていた中村さんは、公私にわたって17年の親交があった。
映画では、ほかでは見たことのない寂聴さんの“喜怒哀楽”が描かれている。Tシャツ姿でお酒を飲み大いに笑い、手術や入院にもめげず、笑顔でリハビリに励み、真剣なまなざしで原稿に向かい、ときに裕さんに厳しい言葉を投げかける。映画では寂聴さんが涙を流すシーンも描かれている。
2021年3月、恋愛をテーマにしたNHKのトーク番組に、中村さんからの依頼で寂聴さんがリモート出演した。東京のスタジオと寂庵をネットでつなぎ、中村さんは寂庵で先生に付き添った。
「最初はしっかりと話されていたのですが、リモートだとタイムラグもあるし、画面も次々と変わっていきますから、途中でどこを見ていいかわからなくなったのでしょう。東京のスタジオとうまくやり取りができなくなって……。途中で僕が収録を止めました。前半はしっかりと話されていたので、編集で番組は形になったのですが、先生は『(僕に)恥をかかせた。申し訳ない』と、両手を顔にあてて、さめざめと泣いて、『首をつって死ぬ』と言いだされて」
必死で寂聴さんをなだめた中村さん。
「“98歳の人がこうやって泣くのだ!?”と驚いて。この感受性の若々しさってただものじゃない、この人はやっぱりすごい方だと」
■99歳にして自在に筆を運ぶ
最後の撮影となったのは、蛍の季節。寂聴さんが亡くなる半年前の2021年6月のことだった。
「嵯峨野の清滝へ蛍を見に一度ご一緒したことがあり、その話をしながら一緒に飲んだんです。すると、翌朝の朝日新聞の連載に載せる原稿をまだ書いていないことを知って。僕が心配すると、先生は『書くことは決まっている。大丈夫。蛍のことを書く』と」
翌朝の新聞には蛍がテーマの私小説が綴られていた。主人公は、“女と別れるたびに寂庵を訪れている男”……。
「僕らしき男(笑)。でも、男は寂庵に30年来通っていることになっていて、虚実ないまぜで自在に筆が運ばれていて……。
2021年11月9日、寂聴さん逝去。100歳まであと半年だった。
「あるとき、『先生と僕の関係は男女の関係だと思っています』と伝えたことがあります。先生は『肉親みたいなものよ』と照れてらっしゃいましたけど(笑)。でも、僕は本当にそういう面があったと思っています。恋愛のことなど何でも話しましたが、本当の肉親とはそんな話はしませんから。いずれにせよ、さまざまなものをいただいて、感謝しています」
映画は全国で公開中で、7月9日にはシネモンド(石川県金沢市)と福井メトロ劇場(福井県福井市)で、10日にはCINEX(岐阜県岐阜市)で、中村監督の舞台挨拶が予定されている。
「裕さん、次はいつ来るの?」。中村さんは、寂聴さんからのそんな電話が、いまもまだかかってくるような気がするというーー。