【前編】蛭子さん“最後の絵画展プロジェクト”のため、脳活アートに挑戦!から続く
’20年夏に認知症を公表するも“最後の絵画展”を開催するために一念発起!? 今回は、絵画展のための作品を描きながら、脳も活性化できる一石二鳥の“脳活アート”に挑戦した蛭子能収さん(75)。はたして作品は完成するのだろうか……。
■「おやつタイム」で大復活!
順調に展覧会用の作品を描いていた蛭子さんだが、競艇で負けたときの記憶がよみがえり、ペンがいっこうに進まない。
これまでなら「蛭子さん、がんばって、ほら、ここに線を描けばいいですよ」と急かしていた。ところが大倉さんは「そうなんですね」と蛭子さんのネガティブ思考を受け入れた。
ペンを置いた蛭子さんをそっと見守る。
そして「蛭子さんが東京に来て驚いたことはなんですか?」と話しかけた。
「富士山ですね、本物を見たときの衝撃は忘れられませんね」
「どんな富士山でした? 雪はありました?」
「え~とですね、こんな富士山でした」
蛭子さんがスラスラと雄大な山を描きはじめた。ネガティブ思考ではなく、楽しかった思い出や感情を掘り起こして、それを絵として表現していく。これが臨床美術では重要なようだ。
大倉さんは、その手元よりも蛭子さんの表情をよく見ている。蛭子さんの表情が曇りがちになると、奥さんのこと、映画やテレビ出演のことなど、蛭子さんにとって楽しい思い出を掘り起こしていく。
■苦手の色つけを始めた!
「富士山に色をつけていきませんか?」と大倉さんが、16色セットのオイルパステルを置いた。その誘いに、蛭子さんは、迷うことなくピンク色のパステルに手を伸ばした。
「山なら青か緑じゃないですか」と、私が口出ししようとしたとき、それを遮るように大倉さんが「いいですね、赤富士ならぬ桃富士!」と声をかけた。
「色を自分で選ぶだけでも脳が活性化するんですよ」と小さな声で付け足した。
蛭子さんが52年前に見た日本一の山の記憶は、いま桃色となって心に残っているのかもしれない。そっくりに描かなくてもいい。心のおもむくままに描きたいものを、塗りたい色で仕上げていくことが臨床美術の重要なポイントだ。
「色をつけるのは面倒くさい」が口癖だった蛭子さんがいま、夢中になって富士山を桃色に輝かせていく。
安心して没頭できる環境作り、心を揺り動かすコミュニケーションによって、蛭子さんはスイッチが入ったように創作に取り組んでいる。大倉さんは、臨床美術士は伴走者だと話していた。
「ヒモを引いて誘導するのではなく、その人が持っている感性を引き出すことです」
認知症で記憶は失われるかもしれないけれど感情は残る。その人らしさに寄り添い続けることを忘れてはいけないようだ。
■絵が完成! 蛭子さんが一言「売れますかね?」
豪快に滑走するボートに色づけをしていた蛭子さんが、手にしていたオイルパステルを置いた。上気した顔にはいつもの笑みが戻っている。
大倉さんは、蛭子さんのやり切った笑顔に満足している。蛭子さんの才能はまったく涸れていない。感性を刺激して自信を持たせればいいのだ。
「いい絵ですね。蛭子さんの絵は人を引きつけますね」と褒められた蛭子さんは、頭をポリポリしながら、
「いくらで売れますかね?」
お金を稼ぐどん欲さは認知症になってもならなくても変わらない。
「これからも描いていきましょう」。大倉さんは蛭子さんのやる気スイッチをまたひとつ見つけたようだ。
蛭子さんの展覧会は夢物語ではなく、実現に一歩近づいた。〈おわり〉
※今回、蛭子さんが体験したのは臨床美術の手法によるコミュニケーションを通した絵画制作であり、実際の臨床美術のプログラムとは異なります。