【前編】文学賞より売れると評判の“新井賞”創設の書店員 39歳でストリッパーデビューした理由より続く

「今、何歳だっけ? 忘れちゃうんですよね」。そう、キュートな笑みを浮かべる新井見枝香さん(42)が舞台に上がる。

東京は上野公園にもほど近い繁華街の地下にある「シアター上野」は、この界隈で唯一のストリップ劇場だ。ダイナミックで明るいナンバーにはハッとするほど美しい瞬間があった。

三省堂書店に勤務していた時には、文学賞よりも売れる!との評判もあった“新井賞”も創設したカリスマ書店員、さらにエッセイストときてストリッパーの仕事も始め、三足のわらじを履く彼女は大忙しだ。なんでその道を選んだの?という質問には、「好きだから!」とキッパリ。輝く場所は自分で選んでいい。彼女の人生をのぞくと、そんなふうに思えるのだった。

■「女の体は美しい」と気づかされた舞台

〈見枝香よ、書を捨てて小屋へ行こう。おやつは鰻だ〉

これが、直木賞作家であり新井賞を受賞したこともある桜木紫乃さんから届いた、ストリップ観劇への誘いだった。

「大好きな桜木さんに会える、わー、鰻だ、で喜んで出かけたといいますか(笑)。劇場は、シアター上野でした。もちろんストリップは初めてでしたが、一人目から、噓のない生身の舞台に心奪われてた。シンプルに、美しいと思いました。

それから3番目にステージに立った女性の踊りを見て、もう一瞬でポカーンとしてしまうんです。これまでになかった感覚でした」

ストリップを見終えて鰻を食べながら、新井さんは、率直な感想を桜木さんに述べていた。

「あの3番目の人は、特別だと思いました」

すると、桜木さん、

「あの人が、相田樹音さんだよ。私の小説『裸の華』のモデルにもなった」

相田さんは北海道出身のストリッパーとして、すでに多くのファンに愛される伝説的存在だった。新井さんは、つい数十分前の出来事を思い出していた。

「ストリップを見終わって劇場の外に出ると、その相田さんが部屋着とサンダル履きで出てきて、上野の往来で私たちに挨拶してくれたんです。その飾り気のなさと、先ほどまでのステージでのキラキラの印象のギャップが衝撃で、自分でも不可解な心情なんですが、また会いたいと思ったんです」

同時に新井さんは、自分がストリップそのものにも、すっかり魅了されていることに気づく。

「ずっと私は自分を見ても、女の体って、そんなに美しいものじゃないと思っていたんだけど、ストリップを見て、みなさんが、とても美しいと思った。こんな自由でいいんだ、そうか、私の体も、そして私自身もこのままでいいんだと、そう思えたんです」

■自分の中にある声に耳を傾けることが大事。好きなこと、楽しいことは全部やっちゃえ!

「久々に桜木さんが上京してくるのよ。見枝香ちゃん、内緒で、あなたがストリップの舞台に立って、驚かせてみない?」

20年1月。相田さんからの思いがけない誘いを、軽い気持ちで受け入れた新井さんだった。

「最初は、ただ桜木さんをびっくりさせたいという下心だけ。でも実際にステージに立ってみて、自分の身一つが動くたびに視線が集まるのが、純粋に心地よかったんです。自然に涙も流れていました。客席に、リボンを投げ入れる伝説の“リボンさん”という70代の男性がいるんです。気づいたら、舞台の私のまわりでもリボンがハラハラと舞っていて。ああ、これは祝福されているんだと。その客席も含めて、照明さん、音響さんらスタッフ、そして私たち踊り子も、みんなで力を合わせて最高の舞台を作り上げようとしている、その一体感に感動して。そして、ふと思ったんです。私は“こっち側”の人かなって」

ステージを見守っていた相田さんにも確信があったのだろう。

「踊り子になったら?」
「はい」

迷いなく答える新井さん。早くも、翌2月には福井県のあわらミュージック劇場にてストリップ・デビューを果たしていた。39歳だった。

こうして三足目のわらじ生活となったが、書店員としては、19年4月に三省堂書店を退職して、翌月から女性のための書店をコンセプトにしていたHMV&BOOKS日比谷コテージ店で勤務していた。同店の店長で、やはりカリスマ書店員の花田菜々子さんにスカウトされての転職だった。

「ストリップの話があって、まず花田さんに相談したら、『おもしろいじゃん』と」

職場の快諾を得たのはよしとして、素朴な疑問だが、そもそも人前で裸になることに恥ずかしさはなかったのだろうか。

「いやいや、脱ぐよりも恥ずかしいことって、日常のなかにもあるじゃないですか。自分のかかとのカサカサを見られることとか(笑)。年齢についても、意識したことないです。ていうか、あれ、私、今何歳だっけ!? って、よく思ったりします」

以降、シアター上野をホームシアターとして、静岡県の熱海銀座劇場や神奈川県の大和ミュージック劇場など、衣装を詰めた鞄を抱え地方も巡る生活が続く。

「10日って長さが絶妙です。私、人間に興味なくて、人付き合いもうまくないんですけど、とにかくその10日間をみんなでやり切ると、毎回最後は、終わる喜びと、終わっちゃう寂しさがあって」

一人暮らしを始めて8年目。今は、福井県のあわらミュージック出演中に出合った保護猫と暮らす。

「結婚? したいと思ったこと、ないんですよね。そもそも一人でいて、寂しいと思ったことがない。

それに結婚したいより、まず好きな人が先でしょう、と思っちゃう。だから、あっ、私のお相手はクロネコだったんだと思いました、人じゃなくて(笑)」

カリスマ書店員、三足のわらじ、異才などと、この記事でも書き連ねてきた華麗なキャリアだが、本人はいたって気負いなく、どこまでも自然体だ。

「すべて流れに任せてます。ああ本屋さん、ああストリップ、ああネコが来た、もうサイコーという、その感覚ですね。自分の中の声に耳を傾けることは、すごく大事にしてます。なので楽しいことは全部やっちゃえで、人から見たら世の中ナメてると見えるかもしれませんが、結局は個人の責任。いつどこで野垂れ死のうが、知ったこっちゃないじゃないですか。誰かが面倒見てくれるわけでもない。だったら、好きなように生きたいと思うんです」

■書店にもストリップ劇場にも逆風が吹く現在。「完全に足を突っ込んだ状態で見届けたい」

花田「見枝香は今、渋谷のHMVブックスで働きながら、相変わらず踊ってるのかな?」

新井「かなり踊ってますね(笑)。だから、今夜の読書会はとても楽しみでした」

9月24日夜、新井さんとは旧知の間柄の花田さんが、高円寺にオープンさせたばかりの小さな書店「蟹ブックス」で、2人によるトークイベントが行われた。テーマとなった『あなたの教室』(早川書房)は、かつて新井賞を受賞した『三つ編み』(同、レティシア・コロンバニ、齋藤可津子訳)の作者の最新作だ。

イベント終了後には、「今日は新井さんに会いにきました」と言いながら、女性ファンが手土産などを渡す光景も見られた。三省堂書店の有楽町店時代からの顔見知りという。

出版の世界では、今年に入ってからも、コロナの影響もあって、街の書店の閉店が続く。同様に、ストリップも存続の危機が続いている。70年前後には全国で300軒あった劇場が、現在は20軒を切った。

「ストリップ劇場は風営法で新規開業が厳しく規制されていて、一度閉めたら再建は困難。クラウドファンディングで再建される店がある一方で、ああいうものをなくそうという力も感じていて」

新井賞もそうだったが、以前より、SNSなどで発信力のある彼女には、何か策があるのだろうか。

「自分が変えるというより、すごく好きな世界だから、完全に足を突っ込んだ状態で見届けたいという気持ちはありますね」

そんな彼女の奮闘ぶりについて、シアター上野の総支配人の小林六美さん(70)は、

「見枝香さんは、業界でもキャラの立っているタレントさん。最近は『ストリップを新井さんのツイッターで初めて知りました』と話す若い女性のお客さんも増えました。彼女自身、この世界になじもうとして、先輩のおねえさんたちの踊りを熱心に見てたりするので、とてもかわいがられていますよ」

お客としてだけでなく、踊り子志望の若い女性も増えているそうだ。新井さんは、

「先日の四国・道後温泉のニュー道後ミュージックでは、女性客が半分以上でした。そういったコたちがストリップのよさをさらに広めてくれれば明るい未来もあるかなと思うし、同時に、ずっとファンだったおじさんたちが居心地よいまま通えるように続けられればと思うんです」

もちろん書店員、エッセイストとしての活動も継続中で、来年1月には、新しいエッセイの出版も決まっている。

「人付き合いは苦手」と言いながら、“本屋の新井さん”や“ストリップの見枝香さん”を通じて、人と人がつながっていくところが彼女らしさなのだ。

彼女の噓のない踊りは、今夜も観客を魅了し、ライトの下で輝き続けている。

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