「不死鳥のような人ですから」
12月5日夕方の会見で、11月28日に敗血症のため亡くなった夫・渡辺徹さん(享年61)について、そう語った榊原郁恵(63)。
11月20日に入院後、急激な体調変化があったといい、郁恵は病院で医師に病状を説明されても、「あの人のことですから」と実感が湧かなかったという。
幾度も病気と闘ってきた徹さん。普段と変わらない生活のなか、家族にも思いもよらないかたちでの逝去だったという。
「ご夫婦でウチに来てくれたばかりだったのに……。体調が悪いようには全然見えませんでしたよ」
そう驚きの声を漏らすのは、浅草の老舗洋食店「ヨシカミ」の店長。亡くなる2週間前の11月13日には、郁恵とともに「ヨシカミ」で食事。長男でタレントの渡辺裕太(33)が出演した落語会を見たあとのことだった。
「ウチに来てくれたのは2回目だったので、『また息子さんの落語見に来られたんですか?』と聞いたら、『覚えててくれたんですか!?』とうれしそうに答えてくれました。サインをお願いしたらご夫婦で快く書いてくれて。テレビで見るままの、おしどり夫婦でしたね」
元気な様子を見せていたなかでの突然のお別れに、驚く声は多い。
「10月から11月にかけては舞台出演もこなしていたんですが……。舞台初日に取材に応じた際は、自身の体重に触れ、『最盛期が130キロ。今73キロくらい。
徹さんの人生は、さまざまな病気に苦しんだ人生だった。そしてそれを支えてきたのが妻の郁恵だ。’84年のドラマでの共演をきっかけに交際し、’87年に結婚。
「もともと徹さんのほうが郁恵さんのファンだったそうです」(前出・スポーツ紙記者)
結婚4年目、徹さんが30歳のときに最初の大病を患うことになる。
「当時は1日6食も食べていたそう。そんな食生活がたたり、’91年に急性糖尿病で緊急入院したのです」(前出・スポーツ紙記者)
その後、急激なダイエットやリバウンドを何度も繰り返すことに。
「郁恵さんは食事面のケアのほか、夜に2人で1時間ほどウオーキングをするのが習慣だと話していたこともあります」(芸能関係者)
郁恵には、苦い記憶があった。自らの父の突然死だ。
「郁恵さんのお父さんは53歳で亡くなっています。死因は心筋梗塞。ゴルフから帰ってきて、玄関先で倒れたまま帰らぬ人になったといいます。郁恵さんは当時21歳。
■夜中でトイレで嘔吐する徹さんの背中をさすって…
ただ郁恵がいくら注意しても、徹さんは家庭外で暴飲暴食。そんな彼を郁恵の父と同じ病気が襲ったのは、’12年。
「徹さんは50歳でした。心筋梗塞と診断され、6時間も手術を受けました」(前出・スポーツ紙記者)
このとき、徹さんの異変に最初に気付いたのも郁恵。「顔色が悪いから病院に行ったら?」と言う妻に、徹さんは「自分の体は自分がいちばんわかってんだから」と言い返したそうだ。
「その後も、やはり体調が悪い日が続いたそうです。『夜中にトイレで嘔吐していたら、郁恵が何も言わずに背中をさすってくれた』と、徹さんはのちに話しています。当時控えていた舞台に徹さんが意地でも出演しようとしていたのを、郁恵さんが関係者に『降板させます』と伝えたこともあったそう。それを知り徹さんは『勝手なことをするな』と反発したといいます」(前出・芸能関係者)
そして、徹さんが病院を受診して心筋梗塞の診断を受けると、
「郁恵さんは『しっかり治しましょうね』と毅然と振る舞い彼を安心させたそう」(前出・芸能関係者)
以降も、翌’13年に膵炎で入院。’16年には慢性心不全。さらに昨年4月には大動脈弁狭窄症の手術を受けるなど病魔に襲われ続けた。
ただ近年の徹さんには、心境の変化があったようだ。2年半前の本誌取材で、こう話している。
《結局、女房の言うとおりにするのが一番だと気づきました。昔は「もっと食べさせろ」「味が薄すぎる」なんて反抗したりしましたけど、家庭菜園まで始めてくれましたし》(’20年3月24・31日合併号)
今年の10月20日配信のインタビュー(Yahoo!ニュース Voice)では、徹さんは郁恵への懺悔を口にしていた。
妻が父を心筋梗塞で早くに亡くしたにもかかわらず、自分も心筋梗塞になってしまったことに触れ、
「どれだけかわいそうなことをしてしまったんだろうと今になって思います。すごく反省しました」
そして健康診断や検査にマメに行くようになったとも話している。
「妻を安心させたいと考えていたのでしょう」(前出・芸能関係者)
■SNS投稿していた夫婦の未来への期待
徹さんは、11月19日、秋田大学の医療フォーラムにゲスト参加。当日の様子を広報担当者は、
「当初はパネリストとして会場でご発言いただく予定だったんです。ただ当日の朝に、ご本人から『微熱があるみたいで』とお話があり、昨今のコロナ情勢もございましたので、念のため控室からお一人で配信での参加というかたちに変更しました。モニター越しではありますが、時折冗談も交えながらの、お元気な印象でした」
19日のうちに秋田から帰京。20日に発熱、腹痛などの症状が出たため、病院で検査を受けると細菌性胃腸炎と診断され入院。
「郁恵さんのお父さんと同じ突然の逝去。ただ郁恵さんは、徹さんの最期を看取ることができたそうです。憔悴しながらも葬儀の準備などには気丈に対応していたといいます」(前出・スポーツ紙記者)
昨年10月、34回目の結婚記念日に郁恵はインスタグラムを投稿。
《これから先…ふたりにどんな事があるのかなぁ! 皆さん これからも宜しくお願いします》
と綴り、徹さんから贈られた白い胡蝶蘭を公開。「一生を共にさせてください 徹より」というメッセージも添えられていた。全霊で看病してきた31年。早すぎる死の無念は計り知れない――。