2020年3月、韓国を震撼させたn番部屋事件。メッセージアプリ「テレグラム」内で、未成年者を含む女性に対する暴行や性搾取シーンを撮影した動画が流布・販売されていたおぞましい事件として記憶されている。

そのオンライン上の性犯罪の実態を暴いたのは、2人の女子大学生「追跡団火花」による潜入取材だった。

「プル」と「タン」からなる追跡団火花が、彼女らが事件を暴くまで、そしてその後の韓国社会の変化ついて綴った書籍『n番部屋を燃やし尽くせ』(光文社)から、性犯罪における被害者の責任について、一部抜粋、再構成してお届けする。

■被害者としての「完璧な資格」?

中学生のころ、男性器が女性器に触れるだけで妊娠すると思っていた。子どものうちに正しい性教育を受けられなかったせいだ。韓国で「性」は「表立って口にしてはいけないこと」と思われてきた。特に女性が性欲を表すこと自体が許されない社会なので、陰で何か問題が起こって当然だ。

一部の者は性的自己決定権を持てないまま、SNSで性欲を表現する道を選んだ。これは彼女らの過ちだろうか。これを果たして悪いことだと言えるだろうか。

青少年期に自我を表現して他人の関心を求めるのは自然な現象だ。そんな青少年の心理を利用して金儲けをする行為こそ過ちだ。ところが、いまだに多くの人が「逸脱アカウント」をやっていたとか、「援助交際」をしていたとか言って、そういう子どもたちが犯罪のきっかけを提供したのではと、厳しい物差しで被害者を責めている。

ここで1つ質問をしよう。

バイクに乗った人物にバッグを引ったくられたとする。どう対処すればいいだろうか。「警察に通報する」が一般的な答えだろう。躊躇なく警察に行き、「バッグを盗まれました!」と告げるに違いない。そこで警察官が、盗難の被害者であるあなたに「バッグをしっかり持っていなかったからだ」などと責任転嫁することがあるだろうか。

あり得ないだろう。盗んだ方が悪いに決まっているのだから。なのに、性犯罪被害に限って言えば、社会の認識は被害者に対して厳しい。警察に行っても「自分が先に写真をアップしたんでしょう?」「それも犯罪だと知ってますよね?」などと、原因を提供したと言って被害者の責任を問うことに余念がない。

ある弁護士によると、逸脱アカウント〔性別を問わずに主に10代~20代前半の利用者がSNS上で性的欲望を表出しているアカウントのこと〕をしていた青少年が児童青少年法(児童・青少年の性保護に関する法律)や情報通信法(情報通信網利用促進および情報保護等に関する法律)に基づいて処罰される可能性もあるとのことだ。しかし、これを根拠に、被害者が犯罪のきっかけを提供したのだから被害に遭って当然と主張するのは、果たして正しいことなのか。

法は何のためにあるのだろうか。

被害者の行動が常識に合うか合わないかが重要なのではない。被害が発生したという事実が、より重要なのだ。性犯罪に限っては、「被害者として完璧な資格を備えた人」だけを保護してやるという考え方は間違っている。被害者の言葉、文章、行動を評価し、基準に満たなければ非難し、疑うのだ。被害者にも過ちがあるという認識のせいで、性犯罪被害者はなかなか世に訴えられずにいるのだ。

遭うべくして被害に遭う被害者はいない。いくら説明してもこのことを理解できない人がいる。理解できないなら(たとえ嫌でも)ただ暗記してほしい。

■遭うべくして被害に遭う被害者はいない

重要なのは、認識の転換と持続的な関心だ。n番部屋事件がメディアでしきりに取り上げられていた2019年3月の2週間で、n番部屋関連記事は1万2000件に達した。しかし、それから3カ月後の6月には、1000件を少し超える程度だった。

それもほとんどが「n番部屋の主犯格が逮捕された」という程度の記事だった。国民の関心が低下するに従い、記事の本数も減っていく。関心の低下を感じるたび、先日被害者に会ったときにした約束を守れないかもしれないと思うと不安になった。4月に会った被害者の言葉から、一部をここで共有する。

博士が捕まったと聞いて、うれしくてたまりませんでした。本当にこれで終わったんだと思ったんです。これからは何の心配もなくご飯を食べ、眠り、友達にも会えるんだ。あいつが捕まったから、画像も全部削除されるはずだ、そう思いました。

しかし、それは違いました。これから1、2カ月は静かでしょう。でも、長くて3カ月、もう少し経ったら、また部屋が開設されて、むしろさらにひどくなるでしょう。きっと隠れてやると思います。

これから半年後、1年後、2年後がとても怖いです。世間の関心が薄れると、その途端に本当にもっと多く……もっと広がりそうで。

#MeTooやスクールMeToo、バーニングサン事件などの性犯罪関連の出来事が、社会の記憶の中からあまりに簡単に忘れられているようだ。関心を持ち続けないと、加害者たちの犯罪行為を予防し、然るべき処罰を与えることも難しい。

【PROFILE】

追跡団火花(ついせきだんひばな)

プルとタンからなる匿名の大学生2人で構成された取材チーム。「n番部屋事件」の最初の報道者。記者志望の一環として参加した「真相究明ルポ」コンクールの応募準備のなかで「n番部屋」の存在に気づき、潜入取材を開始。韓国市場最大規模のデジタル性犯罪としてその実態を暴いた。YouTubeやInstagramをはじめとしたSNSでデジタル性犯罪の実態を伝える活動をしている。