「ハムレット役をやることが決まったときは、『やってやるよ!』みたいなことを言っていた気がしますが、いざ、目の前に来たら、恐怖でしかないです。なんで俺、やりたいとか言っちゃったんだろうという後悔もありますね(笑)。

震え上がるほど大変な役だな、と改めて思っています」

5月7日に開幕する舞台『ハムレット』の主演を務める柿澤勇人(36)。同作は、故蜷川幸雄の遺志を継いだ吉田鋼太郎が芸術監督を務める「彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd」の記念すべき1作目で、吉田の信頼も厚い柿澤が主役の座を掴んだ。

『ハムレット』といえば、シェイクスピア悲劇の最高傑作。これまで数多くの作品で主演を務めてきた柿澤でさえも、「こんなにしゃべることはない」と語るほどの膨大なセリフ量がいちばんの課題だという。

「日本でも海外でも何度も上演されてきた作品で、演出方法もいろいろなパターンがあります。観ていると自分もやってみたいと思うのですが、実際に台本を読んでみると、そのセリフの量に圧倒されてしまう。

観るのとやるのとではまったく違う。そしてハムレットという役は、役者が違うだけでこんなに変わってくるんだ! というくらい役者の色が如実に出ます。それは、ハムレットが出ずっぱりで、しゃべりっぱなしだから。役者は、自分の経験やイマジネーションを駆使してセリフに投影しなければなりません」

そう語る彼に「タフなほうですか?」と訊ねると、「かなり弱いです。めちゃくちゃ打たれ弱いし、物事をネガティブに考えて、ずっと悩んでいるタイプ」と苦笑い。

「それでも役者を続ける理由は、自分でもわからないんです。

俳優を始めてから17年間、無我夢中で走ってきて、おそらくこのハムレットは、役者人生においても、僕の人生においても、何かが大きく変わる作品だということはすでに確信しています。むしろ、何も変わらないようでは、役者としてはここまで、という感じかな。だから、この先の目標とか、何をやりたいとか、今は本当にないんです。もし、今回まったく手も足も出なかったら、役者はきっぱり辞めようとさえ思っています」

俳優を目指したのは、高校1年生のときに学校の課外授業で劇団四季のミュージカル『ライオンキング』を観たのがきっかけだった。その後、劇団四季の門を叩いた柿澤は、倍率100倍以上の難関を突破し、劇団四季の研究所に入所。「デビューして最初の3年くらいは順風満帆だった」と振り返る。

「まったくのど素人だった僕が、入所して半年くらいでオーディションに受かって初舞台を踏みました。四季にいる間は、自分は天才なんじゃないかと勘違いするくらい、本当にとんとん拍子でした」

しかし、次第に「俳優とはなんだ? 演技とはなんだ?」「ミュージカル以外のこともやりたい」と考えるようになった彼は、劇団四季を辞めて、それを追求する道を選んだ。

「当時、あの劇団四季に入って2年半で主役まで上り詰めたのだから、芸能界でもやっていけるだろうと思い込んでいたんです。ところが、ドラマなどの映像作品のオーディションを受けても全く受からない。舞台だったらいけるだろうと思っていたら、蜷川幸雄さん演出の舞台『海辺のカフカ』(2012年)でボッコボコにされた(笑)。まさに、この場所です。

さいたま芸術劇場で何回泣いたことか。泣きながら一人居残り練習をして、それでも全然ダメで、そこでわかったんです。四季は男の役者がそれほどいないから抜擢されただけ、自分の実力でもなんでもなかったんだ、と。自分よりも才能のある人はいくらでもいるということを蜷川さんに教わりました。四季のときも、浅利(慶太)先生によく怒られていましたけど、蜷川さんはその何十倍、何百倍です。そういう意味では、初めての挫折だったのかな」

その蜷川幸雄の後を継ぎ、彩の国シェイクスピア・シリーズの芸術監督を務める吉田鋼太郎。

2015年に舞台『デスノート THE MUSICAL』で共演して以来、プライベートでも親交がある。

「昔は、鋼太郎さんに『俺の若いころにそっくりだ』と言われていました。でも、鋼太郎さんのように芝居のために人生を捧げるような生き方はできない。もっと穏やかに生きたいんですよね(笑)。ただ、僕が置かれている状況だったり、葛藤だったりというのは、おそらく鋼太郎さんは全部わかってくださっていて、僕が考えていることはだいたい見抜いていると思います。『もっと売れなきゃ』とか、そういう思いは、かつて鋼太郎さんも同じように持たれていて、今のようになるまではずっと悶々としていたし、全員なぎ倒してやる! と思っていたらしいですから」

今回、演出家と役者として対峙するにあたって、どのような覚悟を持っているのだろうか。

「もう委ねるしかないです。鋼太郎さんご自身、ハムレットという作品にたくさん出ていますし、以前ハムレットも演じています。僕がこうしたい、ああしたいと言ったところで、『そんなもんじゃない、もっとこいよ』って言われるのはわかっているので、それに負けない心を持つことが大事。それと、長丁場の公演に耐えるため、健康には気をつけたいと思います。『俳優は、命をかけてやるような仕事ではない』ともよく言われますが、この作品に関していえば、命をかけて挑まないと意味がないという覚悟で臨みます」

自身の俳優としての立ち位置について、「まだまだ中途半端」と自己評価は低いが、近年は、映像作品での活躍も目覚ましい。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では和歌を愛する穏やかで知的な源実朝を演じ、新たな実朝像を生み出したと評判を呼んだ。

「脚本家の三谷幸喜さんは、世間に知られていない本当の実朝像を書きたいとおっしゃっていたので、自分なりに資料を読んで臨みました。なかでも、太宰治の長編小説『右大臣実朝』は、実朝の部下の視点で書かれていて、世間では源頼朝と政子の血を引きながら、何もなさないうちに死んでしまった悲劇の将軍のように言われていますが、実はそうではない、と。実朝がいかにいい将軍だったかが書かれていて、僕も読んでいてしっくりきたし、三谷さんの書かれた実朝にいちばん近かったのかなと思います。鎌倉殿は、三谷さんをはじめ、監督などスタッフ陣の熱量もすごくて、僕自身、実朝を演じていた時間がとても幸せでした」

ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)では、仲里依紗が演じる渚の夫・龍介役で注目を集めた。

「この2~3年でようやく自分の思い描く活動に近づいてきたのかなあ。10数年前、今の事務所に入るときに言ったんです、『ミュージカルだけでなく他の芝居がしたい!』と。というのも、ミュージカルをやりたいんだったら劇団四季は最高の場所なんですよ。観た人の心を豊かにしたり、幸せになって帰ってもらえたり、そういういい作品が本当に多くて、演劇界最高の栄誉ともいわれるトニー賞もたくさんいただいている。また、芝居をする環境も整っていて、朝から晩までいつでも好きなときに稽古場が使える。そんなところは日本で四季くらいだと思います。でも、僕自身は、役者ってなんだろう? って思い始めたところから、もう1回、ゼロから勉強し直そうと思って大学に戻り、ミュージカル以外のことも勉強しました。なので、極端なことを言ったら、ミュージカルではないところでも戦えるようにならないと、役者として生き残っていけないと思い続けてきました。この数年で自分が思い描いていたところに近づけているのなあというところですね。まだまだ満足はしていませんよ」

ストイックに高みを目指す柿澤だが、プライベートはどのように過ごしているのだろうか。

「家と稽古場の往復で、プライベートはまったくないです。稽古で辛いことがあっても、解消方法が何もないので、どんどん落ちていく感じです(笑)。もちろん癒されたいですよ。でも、そもそもラクしてできるような仕事だったら魅力も少ないと言いますか。鋼太郎さんは、『仕事は楽しめ!』っていうけれど、性格上、僕はそういう役者ではないような気がします。今も、稽古が終わっても稽古場に残って練習したり、セリフを覚えたり。稽古場に出てすぐに家に帰るのも物足りないので、ファミレスに行って、またセリフを覚えて、11時くらいになったら帰宅して寝る。その繰り返しですね。趣味的なことでいうと、もうシーズンは過ぎてしまったけれど、スキーはやりたかったですね。それくらいしか浮かばないくらいプライベートがないんです(笑)」

(スタイリスト:ゴウダアツコ/ヘアメイク:大和田一美/取材:服部広子)

■彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』

演出・上演台本/吉田鋼太郎
出演/柿澤勇人、北 香那、白洲 迅、渡部豪太、豊田裕大、正名僕蔵、高橋ひとみ、吉田鋼太郎ほか

〈埼玉公演〉5月7日~26日、彩の国さいたま芸術劇場 大ホールにて
〈宮城公演〉6月1日、2日、仙台銀行ホール イズミティ21 大ホールにて
〈愛知公演〉6月8日、9日、愛知県芸術劇場 大ホールにて
〈福岡公演〉6月15、16日、J:COM 北九州芸術劇場 大ホールにて
〈大阪公演〉6月20日~23日、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて