「100歳の母の介護に疲れた」と、79歳の息子が介護殺人を起こした(11月25日、東京都町田市)。老老介護の末、自分の体調悪化もあり今後の不安を抱えての犯行で、自ら110番通報したという。

「介護する人には身体的、精神的に大きな負荷がかかります。相談先がなく一人で抱えていると、介護殺人のような悲惨な事態に陥ることもあるでしょう。

いっぽうであまり語られませんが、介護がきっかけで、介護する子ども世代にまで経済的困窮がおよぶこともあります」

そう話すのは、介護離職ゼロを目指して活動するファイナンシャルプランナーの柳澤美由紀さん。

介護費用は、住宅改修や介護用品の購入など介護初期に多くかかる一時的な費用が平均47.2万円、月々の費用が平均9万円(生命保険文化センター)。同調査によると介護期間は平均55カ月なので、月々の費用の合計は495万円。一時的な費用と合わせると、介護費用の総合計は542万2千円となるが。

「あくまでも平均です。介護は、自宅か施設か、同居か別居か、別居でも近距離か遠距離かなど、さまざまな要因でかかる費用は変わります。そうした費用を親の年金などでまかなえるのかも、それぞれ事情が違うでしょう。

また、介護費用を軽減できる制度があっても、『知らなかった』などの理由で利用しなかったために困窮するケースも見られます」(柳澤さん、以下同)

介護は「介護保険を利用すれば安く済む」「ヘルパーに任せれば楽になる」などというほど甘くはないのだ。

親の介護で子ども世代まで“共倒れ”しないための方法を、次からの4つの事例で学ぼう。

Aさん(55歳女性)の母(83歳)は一人暮らしを楽しんでいたが、ある日の散歩中に転倒して大腿骨を骨折。

入院治療の間に、認知症の兆しが見え始めた。

Aさんはパート勤めのかたわら母の生活をサポートしていたが、認知症は徐々に進行。徘徊が始まったので、パートを辞めた。

さらに、母は介護するAさんに暴言を吐くように。認知症の影響とはいえ、Aさんの疲労は心身ともにピークに達し、認知症の人がスタッフの支援を受けながら少人数で共同生活を送る「グループホーム」を探し始めた。

だが、自営業だった父もすでに他界し、母の年金は月5万円ほど。「グループホームだと月12万円ほどかかる」と聞いたAさんは途方に暮れてしまった……。

【こうなる前に】

年金受給額の平均は、厚生年金で月約14万6千円、国民年金だと月約5万8千円(2023年度、厚生労働省)。Aさんの母が極端に少ないわけではない。

「ただ自営業の人なら蓄えがあると思います。認知症の症状が現れ始めたら早めに、親に貯蓄のありかなどを聞いておきましょう。

介護は親の年金や貯蓄、“親のお金でまかなう”が大前提です」

親のお金事情を「親が元気なうちに聞いておけ」と言われるものの、なかなか難しいもの。

だが、認知症の初期なら「これから介護にお金がかかると思うから教えて」と聞きやすいのでは。

【こうなってしまったら】

認知症が進行してしまった状態では、貯蓄のありかを聞き出すのは難しいだろう。そこで、介護施設で日中過ごす「デイサービス」などで母が外出したすきに、預金通帳を探そう。

通帳が見つかって記帳できれば、おおよその資産額がわかる。それを元にグループホームに入所できないか、ケアマネジャー(以下、ケアマネ)に相談して。

貯蓄がわずかしかない場合も、まずはケアマネに相談を。子どもに資金的な余裕があれば援助してもよいが、余裕がないのに無理に援助しなくてもいい。

ケアマネに、グループホーム以外の選択肢や、最終的には母が生活保護を受けることも含めて、対応を考えてもらおう。

Bさん(55歳男性)の母に介護が必要になったとき、Bさんは「介護は妻がしてくれるだろう」と安易に考えていた。だが、妻は「介護は実子が担うもの」と断固拒否。仕方なくBさんが介護することになった。

Bさんはケアマネと相談し、日中は介護保険サービスをフル活用。

それでも、夜間などに、母一人子一人で育ったBさんを手伝ってくれる人はいない。Bさんは働きながらの介護に疲れ果て、当時会社が募集していた「早期退職優遇制度」に手を挙げた。

割り増し退職金を含め、Bさん宅の預貯金は約2千万円になった。ただBさんの子ども2人は大学生で、住宅ローンも返済中だったため妻は不安を口にしたが、Bさんは「介護はそう長く続かないもんだ。俺が最後まで介護する」と言い放ち、退職に踏み切ったのだ。

介護費用は、母の年金と貯金でカバーできた。だが、問題はBさん一家の家計だ。Bさんの退職後、一家には年120万円ほどの妻のパート収入しかなく、貯金を取り崩す日々。大学の授業料や住宅ローンで年間の赤字は400万円にのぼり、貯蓄は5年で底をついた。

結局、母の介護は8年続いた。途中で子どもが大学を卒業し家計は多少楽になったが、6年目以降は借金生活。最終的に借金は800万円に膨らんでいた。

Bさんは看取りまで介護をやり切ったが、正社員に戻る道は険しく、借金の返済は進まない。

【こうなる前に】

「最近はBさんの妻のように『介護は実子が担うもの』と考える人が増えています」

実際に介護を行う人に誰がメインで介護したかを聞いた調査では、「長男」「長女」「配偶者」と答える人が多く、「長男の配偶者」は6位だ(図参照、2023年、LIFULLsenior)。もはや「嫁だから」と介護を背負う時代ではなくなったのだ。

「Bさんのように夫が介護するのはよくあることですが、介護離職は絶対に避けたいです。働きながら介護する方法を探してください」

たとえば「育児・介護休業法」には残業免除の規定もある。会社の判断によるが、残業が免除されれば定時に退社でき、基本給は確保できる。日中は介護保険サービスを活用しつつ、妻もできる範囲でサポートして介護生活を乗り切ろう。

介護にもっと時間がかかるようになったら「短時間勤務」という制度も利用できる。

【こうなってしまったら】

すでに母も他界し、Bさん一家は800万円の借金を抱えてしまった。ただ、Bさんは一人っ子なので、母の遺産をすべて相続できる。預貯金の多くは介護に使ったかもしれないが、持ち家や資産価値のありそうなものを売却するなどして、遺産を現金化して借金返済の一部にあてよう。

また、Bさんは再就職口を探して、妻と共に少しでも収入を増やす努力を。

それでも返済が厳しい場合は、自治体の家計相談などを利用して。

認知症の母を老老介護していた父にがんが見つかったことで、娘のCさん(53歳)が仕事を辞め、父の看病と母の介護をすることに。だが、父は病状が急激に悪化し、あっけなく死んでしまった。

Cさんの母は、夫の死でさらに認知症が進行してしまう。お金の計算が怪しくなり、Cさんの目を盗んでは、やさしそうにふるまう訪問販売業者の口車に乗って、高価な羽毛布団や健康食品などを大量購入するようになった。

Cさんは独身で、自分の老後資金は着実に貯蓄していた。だから、母の介護費用も数百万円におよぶ訪問販売の代金も、親のためだと思ってCさんが肩代わりしてきた。

約3年の介護生活を終えて母の葬儀費用を払ったら、Cさんの貯金はゼロに。すべてを介護で使い果たしたのだ。

Cさんは心の支えだった自分の老後資金を失い、この先一人でどう暮らせばいいのか、お先真っ暗だと嘆く。

【こうなる前に】

「高齢者をねらう悪徳商法が横行しています。認知症など判断能力が不十分な人に被害が及ばないようにするには、『成年後見制度』を活用するといいでしょう」

成年後見制度とは、認知症や知的障害などで財産管理や各種契約などの判断が難しい人の権利を守るため、後見人などがサポートする仕組みだ。

Cさんの母のように悪徳商法の被害を受けても、後見人が契約を解除することができる。

成年後見制度には「法定後見」と「任意後見」があるが、契約解除ができるのは法定後見のみ。家庭裁判所が選任する後見人は弁護士や司法書士などが選ばれることが多く、月2万円~の報酬が必要だ。

「家庭裁判所に、娘であるCさんを法定後見人の候補者として申し立てすることはできます。Cさんが後見人になれば、後見人の報酬をゼロにすることも可能ですが、最近は『監督人』をつけることが多くなりました。監督人にも月1~2万円程度の費用がかかります」

これらの費用も、母の資産から捻出するのが原則だそう。

【こうなってしまったら】

まずは介護の疲れを癒して健康を取り戻したら、Cさんは長く働ける仕事を探して。介護の経験を生かして介護職に就くのもいいのでは。退職して3年たつCさんも、離職者や求職者を対象とする「ハロートレーニング」で無料の職業訓練を受けられる。ハローワークに相談してみよう。

できれば70歳までは働いた給料で生活し、年金を繰り下げるなどして老後資金を蓄えよう。

独身のDさん(55歳男性)は母と同居して介護を続けていた。

だが、平日は残業も多く在宅介護は難しい。とはいえ、Dさんに施設介護への抵抗があり、平日5日間は「ショートステイ」を利用し、土日は自宅で介護していた。

ショートステイは介護保険サービスの一つで「短期入所生活介護」と呼ばれるもの。介護施設で短期的に生活するものだが、現在「連続利用は30日まで」というルールがある。土日は自宅に戻るDさんの使い方はまったく問題がない。

ただし、ショートステイの居住費、食事代、おむつ代等の日用品費は介護保険の対象外だ。毎月の介護サービス費は1割負担だが、保険適用外と合わせた料金は、月13万5千円になっていた。

Dさんには月30万円の収入と母の年金があった。だから「なんとかなるだろう」と思っていたが、読みが甘く、足りない分をキャッシングやカードローンで補っていた。Dさんは700万円超の借金を抱え、柳澤さんに相談に来たという。

【こうなる前に】

「介護施設に抵抗があったのは、母ではなくDさんでした。『なんとなくかわいそう』というのは施設介護への理解不足だと思います」

それでもDさんは、ケアマネに「特養(特別養護老人ホーム)に入れますか」と聞いたことがあったという。ケアマネは「なかなか難しいですね」と返答したというが、このとき、Dさんの家計がひっ迫していることなどを伝えていれば、ケアマネからもっと違った提案があったのでは。

【こうなってしまったら】

Dさんが柳澤さんに相談したかったのは、介護のことではなく、自身の家計管理についてだった。

「ですが、母の介護費用の負担が大きいので、介護問題についても同時に対策をお伝えしました」

母は、同居するDさんに扶養されている状態だった。

「Dさん自身の家計状況をケアマネに伝えて、Dさんと母の世帯を分離して施設入所を検討しましょうと提案しました」

世帯分離とは、同居していても住民票を分けること。母は単独の世帯となり、わずかな貯金と国民年金しか収入のない母は、生活保護を受け、特養に入所することになった。

生活保護は日常生活に必要な費用を支える生活扶助だけでなく、住宅扶助や医療扶助、介護扶助などがある。特養などの公的な介護施設の利用料については、年金で足りない部分を生活保護でカバーできる。

介護費用を捻出する必要がなくなったDさんは、自身の家計管理に集中できるようになった。家計簿をつけ、自炊し、計画的に暮らせるようになったという。

「『施設はかわいそう』というのは、Dさんの間違った思い込みだとわかったようです。

経済的にも肉体的にも負担がなくなったDさんは、数年かけて貯金できる状態に改善しました」

4つの悲しい事例から見えてきた対処法を柳澤さんに聞いた。

【1】介護は親のお金でまかなう

介護はさまざまなやり方がある。親の年金や貯蓄が少なくても対応策があるので、ケアマネに相談を。子ども世帯に余裕があれば、支援するのは親孝行だろう。だが、子ども世帯の家計を破綻させてまで介護費用を負担する必要はない。

【2】「介護は実子」がスタンダード

「介護は嫁の仕事」は古い考え方。介護は男女に関係なく、子ども世代が抱える問題だ。「嫁だから」と背負い込むのはやめよう。

【3】介護離職はしない!

介護離職は、介護保険制度が始まった2000年に3万8千人だったが、2020年以降年7万人を下回ることがない。介護が苦しく、退職したほうが楽と思うこともあっても、自分の家計や老後資金を考えて。国の制度などを最大限活用して、介護離職は避けたい。

【4】成年後見制度を活用

「成年後見制度はめんどう」と言われることもあるが、認知症の人の生活をサポートし財産を守るために必須の制度。早めに準備を。

【5】世帯分離で介護費用を抑える

子ども世帯の多くは課税世帯のため、同居する高齢者は課税世帯員だ。世帯分離すれば、本人の収入しだいで住民税非課税などとなり、軽減措置を受けられることも。

【6】生活保護も選択肢に

自営業で国民年金しかない夫婦の、一人残された人など、親の年金や貯蓄が少ない場合は、生活保護も視野に入れて。

心を尽くして介護しても、子ども世帯に借金が残ることなど、親は望んでいないだろう。6つの心得を守って、経済的に共倒れにならない介護を続けよう。

編集部おすすめ