精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん(西川口榎本クリニック副院長)は、性犯罪や依存症、児童虐待など幅広いケースに向き合い、これまでに3000人以上の加害者治療に関わってきました。
新刊『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』(朝日新書)では、保育施設で実際に起きた“子ども間の性暴力”のケースを通して、大人たちが気づきにくいリスクや支援の必要性が描かれています。この記事では、その問題について考えます。
※本記事は、『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』より一部を抜粋・再構成しています。
※本記事では実際の事例を紹介します。当事者のプライバシー保護のため、個人が特定できる情報は変更しています。なお具体的な性加害の描写も出てきますので、ご注意ください。
保育施設で起こった子ども間の性暴力
幼い子どもたちが性暴力の加害者、そして被害者になるケースもあります。ここで、とある保育施設で起きた事例を紹介しましょう。Fさんはここ数日、5歳の娘の夜泣きがひどくなったことが気になっていた。「どうしたの?」と訊ねても娘はしばらく何も語らなかったが、やがてポツリポツリと重い口を開いていった。
聞くと、昼寝の時間に隣に寝ていた他の児童から身体を触られるなどの性的行為を受けていたことが判明した。一昨日はパンツを下ろされ、性器に指を入れられたという。
Fさんは「幼い子どもがそんなことをするのか」とひどくショックを受けた。そして娘が通う保育施設に問い合わせたところ、園長は「うちの園でそんなことがあるはずがない」と真っ向から否定。園には防犯カメラもなく、物的証拠も望めなかった。さらに「娘さんは嘘を言っているのでは」という言葉まで飛び出してきた。
これでは埒(らち)が明かないと思ったFさんは、性被害に詳しい弁護士に相談することにした。
この事例から浮かび上がる課題は複数あります。
まず日本の刑法では、刑事手続の対象となるのは14歳以上なので、この加害児童には刑事責任が問えません。そのためこのようなケースでは、児童相談所が主な対応機関となり、加害児童への指導やカウンセリング、教育的支援などの役割を担います。
また性暴力に限らず、保育施設におけるトラブルについては、再発防止や損害賠償などに関して園側との交渉は避けられません。そのため事実確認を含めて弁護士に相談することにしたFさんの判断は適切だといえます。
加害児童が虐待被害に遭っているケースも

警察庁が2024年に公表した統計によると、性犯罪(不同意性交等、不同意わいせつ)で検挙された20歳未満の少年は2014年には431人でした。しかし、2021年から3年連続で増加し、2023年は過去10年で最多の540人。属性別では14歳未満の触法少年を含む中学生が249人、高校生が215人でした。
また、犯罪には当たらないものの、スカートめくりや性的な画像を見せるなどの「性的いたずら(原文ママ)」で補導された少年の数も、2014年の188人から、2023年は350人に増えています(*1)。
このような子どもの行為に対して大人は「興味本位でやっただけ」と思うこともあるかもしれませんが、この加害児童のように、年齢に不相応な性的逸脱行為をする背景には身近な大人からの影響がうかがえます。場合によっては、加害児童自身が性被害を受けている可能性があり、性暴力の連鎖をも考慮する必要があるのです。
加害側・被害側、どちらの子どもにも適切な支援を

子ども同士の間で起こる性暴力件数を示す全国的な統計はありません。同じ小学校に通う児童が被害者になったことが表面化するケースも相次いでいて、2024年5月には神奈川県の小学校で、2年生の女子が上級生の男子から下半身を触られる事案が発生しています。北海道の小学校でも2025年1月、6年生の女子が同級生に下着を盗まれるなどの被害を受けています。
この問題への対応において重要なのは、加害側・被害側双方の子どもたちへの適切な支援介入です。
*1 警察庁「令和5年中における少年の補導及び保護の概況」
<文/斉藤章佳>
【斉藤章佳】
精神保健福祉士・社会福祉士。西川口榎本クリニック副院長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症回復施設の榎本クリニックで、ソーシャルワーカーとしてアルコール依存症をはじめギャンブル、薬物、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニア(窃盗症)などあらゆる依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で、現在までに3000人以上の性犯罪者の治療に関わる。著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』『盗撮をやめられない男たち』など多数