交流協会によれば、張さんは早稲田大学留学をきっかけに、日本とのつながりを有し、帰国後は長きにわたって映画評論家として精力的に関連分野の活動に携わった。また、台湾による日本映画への規制が次第に緩和された1980年代以降、日本映画に関する記事の執筆や翻訳、講演などを通して、台湾社会に向けてさまざまな日本映画を紹介した。片山氏は、張さんが日本で台湾映画を積極的に紹介したことにも言及し、映画を通した双方の文化交流に大きく貢献したと強調した。
張さんはあいさつで、日本映画が台湾での上映禁止から解禁までの間、双方の間で多くの相互交流があり、自身もそれに出会ったと振り返った。その上で、「台日の文化交流に対する貢献について言うなら、自身が仕事をしてきたプロセスにあるのではないだろうか」と語った。
(葉素萍/編集:荘麗玲)