(花蓮中央社)日本統治時代に日本人が移住した移民村に設置され、第2次世界大戦後に東部・花蓮県瑞穂郷瑞北村の三元宮に安置されていた「五神明地神碑」が、改修工事に伴う移設作業中に割れた。花蓮県政府文化局は11日に現地を調査し、修復に向けて支援することを決めた。


割れたのは、瑞穂村の北側にあった旧瑞原地区の地神碑。もともと亀裂が入っていたとされる。事態を受け、三元宮は地元の歴史に詳しい黄家栄さんの協力で、この地神碑に加え、同じく安置されている旧玉苑地区の地神碑と手洗い鉢の計3点を一般古物に登録するための申請書類を文化局に提出した。

県政府の史跡・文化景観審議会の審議委員を務める東華大学台湾文化学科の潘継道教授は、割れた地神碑には「天照皇大神、大己貴命、倉稲魂命、埴安媛命、少名彦命」と刻まれていたと説明。当初は旧瑞原地区に設置され、約90年の歴史があり、五角柱の地神碑としては台湾で現存する唯一の可能性が高いという。

文化局文化資産科の黄用斌科長は、調査の結果、申請があった3点を一般古物登録に向けた追跡リストに加えることを決めたとし、文化部(文化省)文化資産局への緊急修復計画の提出を支援をすると述べた。またこの期間にも調査を進め、今後の保存方法を協議するとした。

潘教授によれば、瑞穂や同県玉里では1933(昭和8)年以降、私営移民事業が推進された。瑞穂には三つの移民村が設置され、いずれの村にも地神碑が置かれた。旧瑞原地区ではタバコの葉が栽培された。戦後、台風被害や道路の拡幅などにより、旧瑞原地区と旧玉苑地区の地神碑や手洗い鉢が三元宮に移されたという。

(張祈/編集:齊藤啓介)
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