悲しみは人間のものだけなのか?動物たちは死をどのようにとらえているのか?
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 この世でひとつだけ避けられない「絶対」確実なことがある。それは死だ。

 我々ヒト族の場合、同胞の死に対して埋葬や葬儀という形で悲しみを表現する。絶滅してしまったネアンデルタール人やその他旧人類にもそうした習慣があったことがわかっている。

 それでは、動物はどうなのか。彼らは死をどのように理解し、どのような反応をするのだろうか?それはどんな感情からくるのか、それとも単に本能的なものだけなのか?

動物の種類、個体、状況によって千差万別

ウィリアム・アンド・メアリー大学の人類学名誉教授で『動物の悲しみ方(How Animals Grieve)[https://press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/H/bo12233936.html]』の著者であるバーバラ・J・キング氏によると、それはその動物の種、個体、状況によって千差万別だという。

 仲間の死をいかにも悲しみ悼んでいるように見える行動から、あらかじめプログラムされていたと思われる事務的な行為まで、研究者たちは死に対する動物たちのありとあらゆる種類の反応を記録してきた。

 これまで、動物が死をどのようにとらえているかについて正式な研究はほとんど行われてこなかった。

 だが、死生学に関するこうした新たな研究は、私たち人間自身の死に対する行動がどこから来たのかを徐々に明らかにし、さらに新たな疑問を投げかける。

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遺骸を抱きかかえて運ぶのは特別な絆からか?

 英ロンドン大学の進化人類学者アレシア・カーター氏たちは、何年もナミビアのヒヒを観察してきたが、死んでしまった我が子をずっと抱いて連れて歩いている母親を何度も目撃している。

 しかし、そうした行為は実の母親だけでなく、群れのほかの仲間たちにも見られた。自分が産んだわけでもない子の遺骸をどうして抱きかかえて運ぶのか? 

 その理由はわかっていないが、より詳しく観察していると、どうやらこうした行動は霊長類では一般的らしいことがわかった。

 ただし例外もあり、その理由は生理学的なものだという。

 例えばキツネザルの場合は、子どもが生きていれば自力で親にしがみつくことができる。身体的に親が子どもを抱いて運ぶようには適応していないから、死んだ子供を運んだりはしないのだそうだ。

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 だが多くの類人猿、大型霊長類に、子どもが病気などで死んだ後でも連れて歩く行動はよく見られ、その期間は、種や死んだ子どもの年齢などによって大きく異なるという。

 チンパンジーの場合、死んだ子を100日間以上も連れて歩いていたケースもあったようだ。

 死んだ子どもを手離さないこうした例は、ゾウ、ディンゴ、クジラ目の動物の間でも見られる。

 2018年には死んだ子どもと一緒に17日間、およそ1600km近くも泳いで海をわたったシャチの例がある。

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動物の親は子の死を理解している

 なぜ、こんなことをするのだろう?

 親が子どもが死んだことに気づいていないからという説もあるが、キング氏もカーター氏も、それはありえないと主張する。

 遺骸を運ぶという行為は通常よりもかなりの労力を要するし、いつもと違う子どもの異変に親はすぐに気づくはずだという。

 そうすると、親が子の遺骸を抱いて離さない行為は親子の間にあるなんらかの絆のようなものの結果である可能性は高い。

 いったん形成されると断ち切ることが非常に難しい愛着のようなものといってもいいかもしれない。死んだ子供を離さないという生まれながらの認知反応が機能している場合もある。

 ここから、悲しみの感情は人間だけのものではないという結論が導き出せるかもしれないが、必ずしも完全な説明にはなっていない。

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動物なりの葬送の意味なのか?

 一見、慈しみのように見える動物のこうした表現は、なにも遺骸を連れて歩くだけではない。

 ほかにも多くの種が仲間の遺骸の近くに長い間留まったり、腐肉を食べるいわゆる〝掃除屋〟動物から守ったりする様子が観察されている。

 キリンの母親が死んだ子のそばに何日もたたずんでいたり、ペッカリー(イノシシの仲間)が死んだ仲間が倒れている場所に10日間も連続して通って頬ずりしたり、死骸の毛づくろいをするチンパンジーの例もある。

 アフリカゾウも、直接の親子関係などなくても、仲間の死に対して長期にわたって葬送めいた行動をとることが知られている。

 人間的な視点で見ると、ゾウが仲間の死を〝悲しんでいる〟ように見えるが、果たしてゾウのそうした行動が人間が考える葬儀の範疇にに必ずしも合致するかどうかはわからない。

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衛生行動の一環か?

 人間から見ると、動物にも仲間の死を悲しむという感情があるように見える例はあるが、やはり動物にとって死は遥かに現実的なものだ。

 アリ、シロアリ、ハチなどの真社会性昆虫は、死骸があるとすぐにそれを移動し、埋めたり食べてしまったりして群れから切り離す。

 母系コロニーで暮らすハダカデバネズミもそうだ。これは、コロニーを清潔に保ち、群れを病原菌などから守るための衛生行為だという説がある。

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学習体験の一種?

 カケス、ワタリガラスなどカラス科の鳥は、死んだ仲間の周りに集まって騒々しく鳴き声をたてる

 こうした行動は彼らの葬儀の形だと解釈されることもあるが、仲間同士の情報収集や自己防衛だという仮説がある。

 死=危険という警戒心からなのかもしれない。

 fMRIで調べると、カラスは仲間の遺骸を目の当たりにすると、高次の意思決定に関連する脳領域の活動が活発化することがわかっている。

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人間にとっては受け入れ難い反応も

 動物には遺骸と交尾したり、食い荒らしたりする、人間にとっては受け入れ難いタブーな行為の例もある。

 だが、これはあくまで人間側の視点でとらえるからであって、そのような行動の動機がなんであるかはわからないことを覚えておかなくてはならない。

 例えば、チンパンジーが仲間の遺骸を殴ったり攻撃したりする暴力的な例は、同じ仲間のように見えても、もう動くことのない無生物化した存在に警戒し、不安をおぼえ、怖がっているからではないかとカーター氏は言う。

結局完全に解明はできず、結論は出ない

 動物の死に対する反応は簡単に分類、説明できるものではない。多くの場合、私たちは人間の尺度、思い込みで見ている。

 人間からすると、悲しんでいるように見える、喪に服しているように見えても、動物にとってそれはいつもとは違う異様な状況に恐怖を感じているだけなのかもしれない。

 まだまだわからないことはたくさんあり、要するに結論は出ないのだ。

 人間は根拠もなく、動物も人間と同じ感情があると考えたがる傾向がある。一方、科学者は人間はあらゆる認知能力においてもっとも優れているとして、そうした習慣を過剰に修正したがる。

 おかしなバイアスを持たずに、観察や研究を進めなければならない。

 動物がどのように死を認識しているのかは大変に興味深いテーマではあるが、まだ明らかではない。

 人間は、死と生の境界線を非常にはっきりしたものとして認識することが多いが、ほかの動物にとってはそれは非常に曖昧で、死は生の延長なのかもしれないのだ。

 眠っているのと傷を負っている状態が不確かな中間地点で絡み合っているような状態なのかもしれない。

References: How animals react to death: From vigils to cannibalism | Popular Science[https://www.popsci.com/environment/animal-death-rituals/]

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