
宇宙は本当に急速に拡大しているようだ。従来の宇宙論よりもずっと速く、だ。
その宇宙の膨張スピードを、米国の天文学者が観測結果をもとに改めて調べてみたところ、やはり定説通り、遠くの宇宙のスピードよりも近くの宇宙のスピードのほうが速いことが再確認できた。
観測結果から導かれる、近くの宇宙と遠くの宇宙のスピードがなぜか一致しない問題は、「ハッブル・テンション(ハッブル定数の緊張)」と呼ばれ、天文学における未解決の謎の1つだ。
今回、改めて食い違いが確認されたことで、「緊張は今や危機である」と研究者はニュースリリース[https://trinity.duke.edu/news/dan-scolnic-shows-universe-still-full-surprises]で述べている。
宇宙膨張を示すハッブル定数とその矛盾
1929年に天文学者エドウィン・ハッブル氏が、宇宙が膨張していることを発見して以来、宇宙の膨張速度を示す「ハッブル定数」の測定は、天文学の主要課題となってきた。
この定数は、宇宙の膨張速度を数値化したもので、1メガパーセク(約326万光年)ごとにどれだけ速く天体が遠ざかるかを示すものだ。
だが、その試みは居心地の悪いことになっている。近くの宇宙と遠くの宇宙の観測から導かれるハッブル定数は、なぜだか一致しないのだ。
理論モデルに基づく膨張速度と実際の観測結果の間に生じる矛盾は「ハッブル・テンション(ハッブル定数の緊張)」と呼ばれている。
宇宙の膨張スピードを求める方法は2つある。1つは近くの宇宙の距離をもとにして、直接計測する方法だ。
もう1つは遠くの宇宙を観測し、そのデータを踏まえて、標準的な宇宙モデルで予測する方法だ。
宇宙の「成長曲線」のズレ
米国デューク大学のダン・スコルニック氏は、天の川銀河やその付近にある近くの宇宙は「現在の宇宙」、遠くの銀河は「子供の頃の宇宙」だ、と説明する。
ただ、成長スピードの算出にそうした区別は関係ないはずなのだ。対象が同じ宇宙である限り、子供の頃の宇宙を起点にしようと、現在の宇宙を起点にしようと、そこから導かれたスピードはピッタリ一致しなければおかしい。
それなのに近くの宇宙と遠くの宇宙で結果が食い違ってしまう。これは観測方法が間違っているか、宇宙モデルが間違っているかのどちらかを意味している。
超新星を使った正確な距離測定
近くの宇宙からハッブル定数を求めるには、「宇宙はしご(Cosmic Ladder)」が使われる。
はっきりと距離がわかるものをつなぎ合わせて宇宙の距離を測るやり方が、はしごの段を思わせることからつけられた名だ。
今回スコルニック氏が利用した宇宙はしごもまた、いくつかの研究チームが作成した段々で構成されている。
その段々は、キットピーク国立天文台のダークエネルギー分光装置が毎晩10万もの銀河を観測して集められたデータに基づく超正確なものだ。
とは言え、この宇宙はしごは、いわば一段目が欠けているような状態だった。そしてそれを目にしたスコルニック氏は、その一段目を補う方法を閃いたのだ。
地球のもっとも近くにある銀河団の1つ「かみのけ座銀河団」の正確な距離がわかれば、これを一段目にできるだろう、と。それができれば、より正確なハッブル定数が導けるに違いなかった。
はしごの最初の段は欠けていました
私はそれを補う方法を知っており、それがあればもっとも正確なハッブル定数を示せるだろうと思いました。だから、すべてを中断して、この作業に集中することにしました(スコルニック氏)
地球とかみのけ座銀河団との正確な距離を割り出すべく、スコルニック氏らが調べたのは、銀河団内にある12個のIa型超新星の光だ。
このタイプの超新星は質量が均一であるために、明るさが決まっている。
その結果、かみのけ座銀河団までの距離はおよそ3億2000万光年であると算出された。この数値は、過去40年間に報告されてきた距離とほぼ一致しており、信頼性の高いものだ。
近い将来、宇宙の標準モデルがくつがえる?
こうして作られた高精度の宇宙はしごから導かれたハッブル定数は、76.5キロメートル毎秒毎メガパーセク。すなわち、326万光年離れた天体は、1秒で76.5km遠ざかっていくということだ。
この値は、これまでに報告されてきた近くの宇宙の測定から得られた膨張スピードと一致する。その正しさはジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡も確認している。
同時に、これまでと同じく、遠方の宇宙の観測から理論的に予測されたハッブル定数とは食い違う。
ならば測定がおかしいのか、理論がおかしいのかのどちらかだ。
スコルニック氏らによる最新の計測結果は、ハッブル定数の緊張の原因は、宇宙の標準モデルの誤りにあるという見解を強く支持するものだ。
なぜなら、彼をはじめとする天文学者たちは、測定による結果が正しいのかどうか、中身を変えながら繰り返し試してきた。
それでもなお、おおむね同じ結果が得られてきた。ならばやはり宇宙の理論がどこかおかしいと考えるのが自然だろう。
スコルニック氏は、今宇宙のモデルは本格的な挑戦を受けていると語る。
およそ25年間使用されてきたモデルですが、今これに対して本格的な反論が行われているところです
宇宙についての考え方が見直されるかもしれないのですから、ドキドキですね! 宇宙論はまだ驚きで満ちており、次にどんな発見があるかは誰にもわかません(スコルニック氏)
この研究は『Astrophysical Journal Letters[https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/ada0bd]』(2025年1月15日付)に掲載された。
References: Dan Scolnic Shows that the Universe Is Still Full of Surprises | Trinity College of Arts & Sciences[https://trinity.duke.edu/news/dan-scolnic-shows-universe-still-full-surprises]