大型捕食者の復活は生態系をどう変えるのか 北米で見えてきた複雑な実態
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 北米ではこの半世紀、保全計画や再導入の取り組みによって、かつて姿を消しかけていたオオカミやクマ、ピューマが少しずつ森に戻り始めている。

 人間は、自らの手で絶滅寸前まで追い込んだ大型捕食者を、今度は自らの手で自然へ戻し、生態系のバランスを取り戻そうとしているのだ。

 しかし、調査が進むにつれて、その目論見通りにはいかない複雑な現実が明らかになってきた。

 捕食者が戻ることで、北米の自然界にはどのような変化が起きているのか。イエローストーン国立公園をはじめとする、各地の研究により、生態系の仕組みが予想以上に奥深いことを示している。

20世紀最大の実験、イエローストーンのオオカミ再導入

 アメリカのイエローストーン国立公園では、1926年を最後に野生のオオカミ(ハイイロオオカミ)が姿を消した。

 その後70年間オオカミ不在の状態が続き、生態系は乱れていった。

 この状況を変えたのが、「オオカミ再導入計画」だ。カナダのアルバータ州やブリティッシュコロンビア州から連れてこられたハイイロオオカミが1995年より、この地に放たれた。

 生態系の回復を目的にしたこの大規模な取り組みは、「20世紀最大の実験」とも呼ばれている。

 再導入されたオオカミは、増えすぎていた草食動物ワピチ(キジリジカ)を捕食し行動を変化させることで、やがて公園の森や川辺の植物が息を吹き返した。

 鳥やビーバーといった生き物も戻り、多様な生物が暮らす本来の姿に近い自然がよみがえったと報じられた。

 この劇的な変化は「栄養カスケード」によるものだ。

 栄養カスケードとは、食物連鎖の上位にいる捕食者が増減することで、その下位の草食動物や植物まで連鎖的な影響が広がり、生態系全体に波及する現象を指す。

 川の流れや土壌の状態までも変化し、「わずかなオオカミの群れがイエローストーンの自然を変えた」と世界中で再導入の成功例として語られることとなった

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オオカミの影響だけではなかった公園の変化

 しかし、後の継続的な調査によって、このストーリーには「続き」があることがわかってきた。

 ワピチの行動や個体数の変化には、オオカミ以外の捕食者や人間の狩猟、干ばつなどの環境要因が大きく関わっていた。

 また、成獣のバイソンはオオカミにほとんど狙われないため、バイソンによる草木への影響はほとんど変わらなかった。

 ビーバーも徐々に公園に戻るようになったが、長い間姿を消していたことで、川や川岸の環境は大きく変化してしまっていた。

 ダムがなくなった影響で水辺の植物や湿地が減り、土壌の浸食も進んだため、破壊された生態系の回復には多くの時間と複雑な条件が必要となったのである。

 つまり、公園に見られた劇的な変化は、オオカミだけでなく複数の動物や環境要因が絡み合った結果であり、栄養カスケードが単純に起きるわけではないという現実が明らかになった。

最新研究が明かした自然界の奥深さ

 こうした疑問を受けて、カリフォルニア大学サンタクルーズ校のクリス・ウィルマーズ教授ら研究チームは、イエローストーンを含む北米全体の170本以上の研究成果を分析し、捕食者と生態系の本当の関係を調べた。

 確かに、オオカミやクマ、ピューマなどの大型捕食者を戻すことは、生物多様性や生態系の豊かさを守るうえで重要な役割を果たしていることはわかった。

 こうした生態系の要となる生物はキーストーン種」と呼ばれている。オオカミのように、数は多くなくてもその存在が全体のバランスを左右する重要な役割を果たすのが特徴だ。

 しかし、その効果や生態系への影響は、場所や状況によって大きく異なり「頂点捕食者さえ戻せば自然は元通りになる」という単純な図式では語れないことが明らかになった。

 例えば、人間による狩猟や土地利用の変化、生息地や餌の質といった環境要因が、捕食者以上に草食動物や植物に強い影響を与えている場合もある。

 また、複数の草食動物が同じ植物を食べていて、そのうち一種が捕食者の影響を受けにくいときは、栄養カスケードが表面化しないケースも多い。

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人間が学ぶべき自然の教訓

 大型捕食者を戻すことは、たしかに生態系をより複雑で豊かなものにする。

だが、自然界のバランスや回復のプロセスは予想以上に多くの要素が絡み合っており、事前に簡単に予測することはできない。

 研究者たちは現在、GPS追跡や遺伝子解析、カメラトラップなど最新技術を使って、捕食者と獲物、さらには人間活動との関係をより詳細に追跡し続けている。

 本当の自然の回復には長い時間と、さまざまな生き物たち、人間自身の行動も含めた複雑な仕組みが関わっている。

 今、必要なのは、「失われる前に守る」ことの重要性を理解し、慎重に行動していくことなのだ。

 この研究成果は『Annual Review of Ecology, Evolution, and Systematics[http://dx.doi.org/10.1146/annurev-ecolsys-102722-021139]』(2025年11月発行)に発表された。

References: Dx.doi.org[http://dx.doi.org/10.1146/annurev-ecolsys-102722-021139] / Eurekalert[https://www.eurekalert.org/news-releases/1105977]

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