昨晩おこなわれたラグビーワールドカップ開幕戦の日本対ロシア戦を、わざわざ日本代表Tシャツを着て観戦した安倍首相。日本が30−10で勝利すると〈トライに次ぐトライで見事な大勝利。
台風15号による被害発生から約2週間。いまだに被災地視察さえせず、無視してきたというのに、このはしゃぎよう。国民がどんな悲惨な状況に陥っていても、自分が楽しいことのほうを優先させてしまうこの国の総理大臣の性格が、あらためて露わになったといえるだろう。
じつは、安倍首相は20日午前中、いきなり閣僚懇談会で「台風15号を含め、8月から9月の大雨による災害の激甚指定に向け、準備を進める」と方針を示した。激甚災害指定は当然のことで方針打ち出しも遅すぎるくらいだが、それも批判をかわすために付け焼き刃的に打ち出したとしか思えないものだった。
というのも、安倍首相は激甚災害指定を口にする10時間ほど前に、台風被害とワールドカップ絡みで“炎上”を起していたからだ。20日に日付が変わった深夜0時すぎ、安倍首相の公式Twitterアカウントがロシア訪問以来約2週間ぶりに更新されたのだが、投稿されたのは、やはりラグビー日本代表のTシャツを着た安倍首相の、なんともノーテンキな動画だった。
「いよいよラグビーワールドカップが、ここ日本で開幕します!」
そして、画面横から突然飛んできたラグビーボールを安倍首相がキャッチすると、勇ましく床にトライして、カメラ目線で「トライ!ニッポン!」と台詞を決める──というものだった。
台風災害によって約2万戸で停電がつづくなか、2週間ぶりに国民に向けて発信した内容が、ラグビーワールドカップの告知……。さすがにこの投稿には、「まず被災地の復興を」「ワールドカップも楽しみですが、千葉があれでは十分に楽しめません。
当然だろう。というのも、安倍首相は8月の台風10号のときは14日に〈先ほど、関係閣僚会議を開催しました〉と写真付きで関係閣僚会議を開いたことを報告し、国民に向けて〈命を守る行動をとっていただくようお願いします〉と投稿。さらに9月1日の「防災の日」には、ヘリの中で防災服姿で書類に目を通す写真を貼り付けて〈今から千葉県船橋市に向かい、防災訓練に参加します〉と投稿していた。
それが、防災訓練から間もなく千葉で現実の災害被害が出たというのに、今回の台風15号にかんする投稿は、これまで一切なし。気象庁は8日の時点で記録的な暴風になると警鐘を鳴らしていたが、それに際して国民に呼びかけをおこなうこともせず、被害が起こったあとも、政府がどんな対策をとっているのかという説明はおろか、被災した人びとに対する言葉も、いまだに一言も発信していない。
そして、ようやくSNSを更新したと思ったら、「トライ!ニッポン!」。批判が起こるのは当たり前だ。むしろ、深夜にSNSが炎上してしまったから、朝には激甚災害指定の方針を打ち出したのではないか。もっといえば、20日にラグビー観戦を予定していたため、千葉を視察していないことを批判されないように、激甚災害指定を口にした、それだけに過ぎない気さえしてくる。
それにしても、安倍首相はなぜ、ここまで千葉の台風被害、停電について無視を決め込むのか。繰り返すが、いつもなら「やってますアピール」に必死な安倍首相が、今回はいまなお千葉県に一度も視察に入っていないのだ。
この異常なまでの頑なな姿勢の裏には、前述した安倍首相の冷酷な性格に加え、初動対応の遅れを追及されたくないという意図があるのではないか。ようするに、本来なら開かれるべき関係閣僚会議も見送って台風に対応せず、被災地そっちのけで内閣改造をおこなった責任問題に発展させないために、「安倍首相が視察するほどの被害ではない」「関係閣僚会議を開くほどのものではない」というスタンスをとっているのだ。そして、いまも被害に苦しんでいる人が大勢いるというのに、「何もなかった」と言わんばかりにラグビーワールドカップの宣伝をおこなったのである。
安倍首相が被災者を蔑ろにしている証拠は、SNSの投稿だけではない。10月4日からは臨時国会がおこなわれる予定だが、それを目前に、こんな話が出てきたからだ。
〈自民党は、野党側にも協力を求めて、憲法改正論議を進めたい考えで、まず、継続審議となっている国民投票法改正案の成立を目指すことにしています〉(NHKニュース18日付)
復旧のための予算案や台風対策の見直しではなく、「憲法改正のための議論」って──。一体、どういう神経をしていたらこんな話になるのか。
そもそも、今回の台風では建物被害が2万軒を超えると見られており、生活再建が喫緊の課題になっている。そこで何よりも早く議論すべきなのは、憲法改正などではなく「被災者生活再建支援法」の見直しだろう。
現行の「被災者生活再建支援法」では、住宅が全壊した世帯に最大300万円が支給されるが、同法が適用されるには「全壊」「大規模半壊」「10 世帯以上の住宅が全壊する被害が発生した市区町村」「100 世帯以上の住宅が全壊する被害が発生した都道府県」などといった基準が設けられており、半壊や一部損壊は支給対象外だ。
昨年11月に全国知事会は政府に対して同支援制度の見直しを提言したが、そこでは大規模半壊の場合は損害額が約1400万円にものぼり、半壊でも修繕費は約200~300万円かかる例が示された(しんぶん赤旗3月6日付)。
現に、昨年の西日本豪雨でも、この基準から外れてしまい同じ住宅全壊でも支援が受けられる世帯と受けられない世帯が出てきて問題になっていた。一方、野党6党は豪雨災害前の昨年3月、「被災者生活再建支援法」の改正案を国会に提出。支援金の上限を300万円から500万円に引き上げることや、支給の範囲も現行の全壊世帯から半壊世帯への拡大などを盛り込んでいた。
しかし、与党は西日本豪雨が発生して、喫緊の被災者支援策が求められるなかでもこの改正案を審議入りさせず、高度プロフェッショナル制度の創設を含む働き方改革関連法案やカジノ法案といった安倍首相ゴリ押しの法案を優先させ、挙げ句に強行採決に踏み切った。結果、「被災者生活再建支援法」改正案は棚ざらしとなっているのだ。
災害大国であるこの国において、国民の誰しもが大きな不安を抱えている。さらに今回の台風15号における建物被害は甚大なもので、この「被災者生活再建支援法」の改正案審議は何より急ぐべきものだ。にもかかわらず、「国土強靱化」を謳う安倍首相の頭の中は、憲法改正一色なのである。
自分たちの責任を認めたくないがために被災者への言葉ひとつさえ発信せずにラグビーワールドカップの告知をし、臨時国会でも憲法改正を第一に考える──。こんな国民に冷酷な政権は、かつてないものだと言わざるを得ないだろう。