認知症の方は、夕暮れになると急にソワソワしだして、いつもとは異なる言動や徘徊などをしてしまうことがあります。

こうした症状は、一般的に「夕暮れ症候群」と呼ばれています。

医学的な原因ははっきりしていませんが、施設ではさまざまな事例から適切だと考えられる対応策があります。

今回は私が経験した事例をもとに、夕暮れ症候群の対応策をご紹介いたします。

夕暮れ症候群はどんなことが起こる?

【事例1】

認知症のAさんは、介護施設に3年前から入所していました。

ある日、Aさんは日が暮れる頃になって「家でご飯をつくらなきゃいけないから帰らせていただきます。お世話になりました」と言って、施設の出口に向かって歩き出しました。

それを見た介護職員は、「Aさんはここ(施設)で生活をしているのだから、家でご飯をつくらなくても大丈夫ですよ」と言って、必死に引き止めました。しかし、Aさんは介護職員を振り切って出口に向かっていきました。

【事例2】

認知症状態にあるBさんは、長女一家と同居をしています。夕方になると自分の家にいるにもかかわらず、「家に帰る」と言って外に出て行ってしまいます。

家族は「ここが家でしょう」と言って説得をしますが、振り切って行ってしまうのです。家族はBさんの後を追いかけて行くことが連日続いていました。

家族は、夕方になると落ち着きがなくなり、目が離せなくなるBさんの行動を認知症の「問題行動」と捉えて、主治医に「薬で何とかしてほしい」と訴えかけました。

認知症の方が、夕方になると「家に帰る」と言って外に出ていこうとしたり、何となく落ち着かなくなって不安を訴えたり、同じことを繰り返す言動などを総称して「夕暮れ症候群」と呼ばれます。

認知症の方の「夕暮れ症候群」にはどのように対応すべき?家族が...の画像はこちら >>

夕暮れ症候群が起こる仕組みは、現在の医学で解明されているわけではありません。また、認知症の方すべてに起こるわけでもありません。

夕暮れ症候群をはじめとした行動・心理症状は、認知症の中核症状に次のような要因が重なったときに起きやすいといわれています。

  • 環境、個人因子(性格・感情など)
  • 健康状態(病気・変調)
  • 不適切なかかわり

そのため、利用者の生活歴や生活習慣、癖、性格などの情報を収集し、心身状態や物的な環境、コミュニケーション障がいなどを詳細に観察し、対応を考えることが重要です。

つまり、認知症の方のとんちんかんと思える言動を「何が原因で起こっているのか」を探り、複雑に絡まった原因を解きほぐして、対応策を実行することです。

夕暮れ症候群への適切な対応例

これまで述べてきたのは介護職の視点であり、家族には少し難しいかもしれません。そこで、ご家族にもできる夕暮れ症候群をはじめとした行動・心理症状への適切なかかわりについてご説明します。

【事例1】では、介護職員が「現実」を伝え、説得を試みています。一方の【事例2】では、家族がBさんの言動を、認知症による「問題行動」と捉えて、医師に相談をしていますが、いずれも適切な対応とは言えません。

適切な対応の例

「認知症の方が実感する真実」と「認知症ではない支援者にとっての現実」には、ズレが生じることがあります。例えば、1週間お風呂に入っていない認知症のCさんがいたとしましょう。

しかし、Cさんに入浴頻度を確認すると、「私は毎晩お風呂に入っている」と話します。Cさんの家族をはじめ、支援者からみた事実は「1週間お風呂に入っていない」ですが、当の本人にとって実感する真実は「毎晩お風呂に入っている」のです。

ここで、Cさんの実感する真実を否定して、「何を言っているの。

1週間お風呂に入ってないでしょ」と現実を突きつけても、事はうまく運びません。

むしろCさんは「そんなことはない」とか「何を言っているんだ」と怒ったり、「私おかしくなっちゃったのかしら」と不安を煽ることになります。

認知症の方とのコミュニケーションで大事なポイントをご紹介しましょう。

  • 話に耳を傾け、「どうしたの?」と本人の主張を聴く
  • 「それは違います、こっちが本当」とは言わずに、認知症の方の真実を受け止める
  • 「私はあなたのことを気にかけています」ことを伝えて、味方であることを実感してもらう
  • 気持ちを汲み取ったうえで、本人がその気になるような言葉をかける
  • 施設に入所するDさんは、記憶障がいなどによって家族の顔も認識ができないことがありました。夕方になるとソワソワと落ち着きがなくなり、顔つきも険しくなります。

    息子の名前を連呼し、「家に帰ります」と言って施設の出口を探します。そのようなとき、先述したコミュニケーションのポイントを活用して、介護職員はコミュニケーションを図ります。

    Dさんが椅子から立ち上がり、表情が険しいところを見た介護職員が声をかける場面を再現してみます。

    介護職員「Dさん、どうかなさいましたか?」→話に耳を傾ける、本人の主張を聴く

    Dさん「〇〇(息子の名前)が家で待っているから。ごはんをつくらなきゃ!」

    介護職員「そうなんですね。それは大事なことですね」→本人にとっての真実を否定せず、受け止める

    Dさん「もう帰ります。出口を教えてください!」

    介護職員「家族のご飯は、Dさんがつくられているのですね。

    家事はDさんが全部やられているのですね。Dさんがいないと、家族みんなが困りますよね。今までも頑張られてきて、さらに頑張ろうとするDさんの気力や体力はすごいですけど、あまり無理なされると私は心配です」→介護者がDさんのことを気にかけている、心配していることを伝える

    Dさん「そんなことないわよ。私だってまだまだできるんだから。何なら私何か手伝いましょうか?」


    (この時点で帰るという気持ちから、施設で何か手伝うに気持ちが変わっている)

    介護職員「本当ですか。私もやることが多いので、手伝っていただけると助かります。〇〇していただけませんか?」→本人をその気にさせるような言葉かけ

    介護の専門職は、「認知症の状態にある人にとっての真実を否定せずに受け止める」ことを基本とします。

    もし「Dさんは施設に入所しているからご飯はつくらなくてもいいです。だから施設にいてください」と事実を突きつけ、説得を試みたとしたら、きっとDさんは混乱して不安になり、興奮することでしょう。

    Dさんの事例はあくまで一例なので、言葉については性格や状況に合わせて変える必要がありますが、基本的なポイントは変わりません。

    家族の方は、事実を言って本人にわかってもらおうと説得することが多いですが、何よりも認知症の方の真実に向き合ってみてください。

    きっと本人の反応が少し変わるはずです。

    まとめ

    人は、危険なところに行くと恐怖や不安を感じ、その場から逃げ出したくなります。生きながらえるには、危険なものを察知する能力が必要だからです。逆に「安全」な場にいると、居心地が良く感じるでしょう。どちらが良いかは言うまでもありません。

    夕暮れ症候群の理由はハッキリしていません。

    辺りが暗くなる頃のため、何となく不安を感じ、ソワソワしだす方もいるのかもしれません。

    あるいは空腹や体調不良を感じてソワソワしたり、時計を見て「帰らなきゃ」と思う方もいるかもしれません。その理由はさまざまだと感じています。

    だからこそ、私たちにできることは、そのワケを探り、考え、手立てを打つこと。そして、本人にとって「安全・安心」を実感してもらえる環境づくりなのです。

    こうすればうまくいくというスーパーテクニックはありません。しかし、認知症の方の言葉のなかに、もしかしたら「解決のヒント」が隠されている可能性があります。

    認知症だから「聞いてもしょうがない」と思うのではなく、その主張に耳を傾け、本人にとっての真実を受け止めながらコミュニケーションを図っていくこと。それが、認知症の方の「安全・安心」に近づく第一歩なのです。

    編集部おすすめ