熊川麻奈香さんのLIFE STORY
[INDEX-AREA]相手の生活全体をサポートできる看護をしたい
訪問看護の仕事に就くまでの経歴を教えてください。
大学の看護学科を卒業後、総合病院で看護師のキャリアをスタートさせました。6~7年ほど婦人科の病棟・外来を担当した後は、地域のクリニックや健診センターへの転職を経験しました。
検査説明等 健康状態の観察、医療処置
生活相談等
熊川さんが看護師を目指したきっかけは何だったのでしょう?
母も現役看護師なんです。うちはわたしと姉の二人姉妹で、仕事と育児の両立はやっぱり大変な苦労があったと思います。それでも、自分自身のキャリアをしっかり積み重ねていっている母の姿は、子どもの目にも「かっこいいな」と映りました。そのため、ごく自然な流れで、進路先に看護師を選んでいましたね。
総合病院を退職されたのはなぜですか?
もっと患者さまの日常に密着できる看護を実践したかった、というのが一番の理由です。
病院という場所は「病気が治るまで」のお付き合いとなります。けれど患者さまにとっては、むしろ退院後の生活の方が、人生の大きなウエイトを占めますよね。自宅に戻った後の不安・心配は尽きないと思うんです。でも、総合病院ではそこまでフォローしきれないことに歯がゆさを感じていました。
同時に、入院中の患者さんへ生活指導や健康管理を行っていく中で、予防医療の重要性を痛感しました。その奥深さにも興味が湧き、地域の方の健康増進をサポートできる職場へ移ろうと決めたんです
実際に地域のクリニックや健診センターへ転職してみていかがでしたか?
クリニックでは内科をはじめ、循環器科や呼吸器科といった診療科がありました。さまざまな年代・性別の患者さんと接することができ、とても勉強になりましたね。
それに、総合病院時代はとにかく業務が多くて。いつも慌ただしく、患者さんへの対応も流れ作業になりがちでした。
けれど、2020年のコロナ流行で職場環境が一変したんです。
医療従事者の皆さんは大変な時期でしたね。
そうですね。自分自身が未知の病気に感染する恐怖もありましたし、連日の外来対応に精一杯といった状況が続きました。
感染予防が第一となり、患者さんに寄り添うという理想の実現どころではなくなってしまって。そのため、感染状況が少し落ち着いてきた2021年9月、訪問看護師として再スタートを切ることにしたんです。
訪問看護はワークライフバランスが実現できる環境
「スターク訪問介護ステーション」を転職先に選んだのはなぜですか?
看護、リハビリ、介護といった、多面的な在宅支援サービスを包括的に提供している点に惹かれました。社内で多職種連携できれば、患者さんへより細やかなフォローが可能になります。
合わせて、スタッフの教育体制が整っていると聞いたのも魅力の1つです。訪問看護初心者の私にとって、前向きに仕事に取り組めるのではないかと感じられました。
現在の働き方を教えてください。
勤務時間は8:45~17:45で、お休みは土日祝になります。
また、医療業界では珍しく、フレックス制度が採用されています。患者さんとの間で調整さえできれば、訪問時間を当初の予定からズラすこともOK。終業後は定時で帰るスタッフがほとんどですし、子育てや介護中の方でも働きやすい環境だと思います。
以前の職場と比べて、ライフスタイルは変わりましたか?
総合病院では夜勤に入っていたので、生活サイクルの乱れから体調を崩しがちでした。クリニックも土曜診療があったため、連続でお休みを取るのがなかなか難しくて。ゆっくり休めたという感覚をあまり持てなかったです。
その点、今は余裕をもって毎日を過ごせるようになりました。オンオフのメリハリが付くことで、仕事にも集中でき、うまくワークライフバランスが取れているなと思います。
患者さんと築く人間関係は私の宝物
訪問看護の業務内容を教えてください。
訪問先では、まずバイタルサインをチェックして、全身状態の観察を行います。次に、医師からの指示がある場合は、点滴や採血、インスリン注射といった医療処置を。浣腸や摘便といった、排泄介助が必要な患者さんもいらっしゃいます。あとは、健康相談や日常生活の心配ごとをお聞きするのも、訪問看護師の大切な仕事の1つです。
私が受け持つ患者さんは高齢期の方がメインですが、これまでのキャリアを活かして、医療ケア児や精神疾患をお持ちの方を担当するスタッフもいます。
毎日どれくらいの患者さんを訪問するのですか?
午前中・午後に2~3件ずつです。平均して1日5件程度ですね。個人のお宅はもちろん、サ高住など介護施設を訪問することもあります。
お昼と午後ラストの訪問を終えたら、事業所に戻って記録を書いたり、他のスタッフと情報共有をします。こちらの事業所には、私を含めて看護師5名と理学療法士3名が所属しており、全員でのカンファレンスも定期的に実施しています。
訪問看護の現場に移って感じた、これまでの職場との違いを教えてください。
相手の希望に沿った看護ができる点です。
訪問看護は、毎週決まった時間にお伺いして、ある程度余裕を持ったスパンでケアを行うことができます。長くて濃いお付き合いだからこそ、患者さんの今のお気持ちや、これからどういった生活を送っていきたいのかといった希望が、より明確に理解できるんですね。
ここまで深く患者さんのことを考え、伴走している実感を持てる職場ははじめてでした。
誰かの人生そのものに寄り添う、素敵なお仕事ですね。
はい!患者さんの希望に沿った看護をしたいとずっと願ってきたので、理想を実践できていることがとても嬉しいです。
それに、相手との距離感が近い分、患者対医療従事者という型にはまった関係性ではなく、個人対個人の信頼関係を築ける点が訪問看護の魅力だと思います。「あなたがうちに来てくれて良かった」といった患者さんの言葉を聞くたび、看護師としての自信をもらえるだけでなく、自分自身にも誇りを持てるようになりました。
では、訪問看護で大変だなと思うことはありますか?
オンコール勤務があることかな。オンコールとは、専用の電話を携帯し、24時間365日対応で緊急時に備えるシステムです。スタッフ持ち回りで対応しており、月に5~6回程度の頻度で当番が回ってきます。
電話が鳴ったら、まずはお話を伺い、必要に応じて患者さん宅へ駆けつけることも。やはり待機中は気が張った状態が続きますし、万が一の時は自分ひとりで解決しなければというプレッシャーはありますね。
それはなかなか負担に感じられそうです。
慣れてしまえば大丈夫ですよ。オンコールの待機場所は自宅のため、病院での夜勤と比べれば、体力的なキツさはさほど感じませんし。
それよりも私が仕事で感じるストレスは、自分の知識不足と経験値の少なさですね…。ベテランスタッフならもっと上手く対応できたんだろうなという場面に遭遇するたびに、ただただ自分の不甲斐なさが悔しくて。
とにかく場数を踏んで、1つ1つインプットを重ねるしかありません。
緊張感のある仕事をこなす熊川さんのリフレッシュ法も教えてください。
散歩です。緑の多い広い公園でゆっくり歩くことが、私にとっていちばんの気分転換。少しくらい落ち込むことがあっても、歩いているうちに「またがんばろう!」とポジティブになれちゃうんです。
終末期ケアのプロを目指して
熊川さんのこれからの目標を教えてください。
終末期看護のプロフェッショナルになること。
これまで、ベテランの先輩に同行する形で、いくつかの終末期ケアの現場に立ち会わせていただきました。ご家族に見守られる最期の時間が素敵だと思ったし、その方らしい旅立ちの実現に向けて奔走する先輩の姿は、すごくかっこいいと感じられました。
終末期ケアに携わるためには、患者さんの心身の状態を見極める目・緩和ケアの技術など、より専門的な知識と経験が求められます。また、ご本人の希望を尊重するのはもちろん、ご家族の受け入れ体勢も考慮する必要があり、多角的な視点からケア方針を決めていかなければなりません。私も早くひとり立ちできるよう、深く学んでいこうと思います。
地域での看取りはニーズが高まっていますしね。
そうですね。ただ、やはり在宅看取りだと、ご本人だけでなく、周囲が感じる不安はとても大きいもの。今の日本は「死」に直面する機会が少ないですから、分からないこと・心配ごとだらけで当然です。皆さんが抱える悩みや疑問に、私たち専門職が1つ1つ丁寧に答えながら解決しようという姿勢を見せることが大事だなと実感します。
訪問看護の責任の重さにプレッシャーを感じることもあります。けれど、患者さんが望んだとおりの穏やかな旅立ちを目にした時や、「自宅で看取ることができて良かった」というご家族の声を聞くたび、この重責こそが訪問看護のやりがい・誇りではないかと思っています。
最後に、訪問看護師を目指す方へメッセージを!
看護師は、患者さんの命を預かる仕事です。病院やクリニックと違い、ひとりで現場に向かうことを怖いと感じる方は多いと思います。私も「患者さんに何かあった時、本当に自分だけで判断できるの?」という点が、転職前の一番の不安要素でした。
けれど、先輩だったり医師だったり、相談できる人が周りにたくさんいます。意見を聞く機会・聞いてもらう機会はたくさんあります。ひとりで抱え込む必要はないから、どうか安心してください。
ほんの少し勇気を出せば、自分の新しい可能性に気がつく、貴重な経験ができるかもしれません。ぜひ、一歩踏み出してみてください。
撮影:丸山剛史