心不全は引き起こされる原因が一つではなく、高血圧や心筋梗塞など、心臓に関連したさまざまな病気が関連しています。

高齢化が進む先進諸国では、高血圧や心臓病を患う人が増えているために、心不全に至ってしまう人も急速に増加することが予測されています。

このような状況を、感染症の爆発的な広がりになぞらえて、心不全パンデミックと呼ぶこともあります。この記事では、心不全に至ってしまう原因やその症状、治療薬について解説します。

心不全の歴史

心臓は体の全身に血液を送り出す、ポンプのような役割を担っています。心臓から送り出された血液は、体中に張りめぐらされた血管を通りながら、細胞の隅々にまで酸素と栄養分を運びます。

しかし、何らかの原因で心臓のポンプ機能が弱まってしまい、体が必要とする血液を十分に送り出せなくなってしまう状態を心不全と呼びます。

心不全になってしまうと、手足のむくみや倦怠感、動悸、息苦しさ、胸の痛みなど、さまざまな症状が現れます。

心臓の機能が低下する心不全は、古代エジプトやギリシャの時代から、多くの人々に認識されていました。ローマの人々は、オオバコ科の植物であるジギタリスから抽出した成分を、心不全の治療薬として用いていました。

ちなみに、ジギタリスに含まれるジゴキシンという成分は、心臓の働きを強める効果が知られており、現在でも医療現場で用いられることがあります。

心不全の病状が明らかにされてきたのは、1890年代のことです。

ヴィルヘルム・コンラート・レントゲンがX線(レントゲン検査で使われる放射線の一種)を発見し、ウィレム・アイントホーフェンが心電計(心電図を見る装置)を開発。

以来、超音波検査(エコー)や心臓カテーテル検査など、医療技術の発展によって、心不全の詳細な病状を把握できるようになりました。

米国で行われた歴史的な疫学調査『フラミンガム心臓研究』では、心不全の年間発症率(人口1,000人当たり)は、50~59歳の男性で3人、女性で2人と明らかにされました。

しかし、80~89歳の男性では27人、女性では22人と、加齢に伴って心不全を発症する人は急激に増加し、年齢が10歳増えるごとに、心不全の発症率は約2倍に増加すると見積もられています。

心不全パンデミックと呼ばれる原因

心不全をもたらす原因は一つではなく、複数の原因が互いに影響し合いながら、時間をかけて発症します。

数ある原因の中でも、高血圧、糖尿病、心筋梗塞、肥満、喫煙などが、心不全の発症に強く関連していることが知られています。

かつては死に至ってしまうことが多かった心筋梗塞も、医療技術の発展や新しい診断・治療法の登場で、多くの命を救えるようになってきました。

ただ、心筋梗塞を発症してしまうと、心臓への負担が大きく、自覚症状がなくても徐々に心臓の機能が低下し、心不全に至ってしまうこともあります。

その点では、心筋梗塞で亡くなる人が減り、高齢者の寿命が延びたことが、心不全パンデミックをもたらしているといっても良いかもしれません。

現在、世界中で約6,430万人もの方が心不全を患っているといわれ、先進国における成人人口の1~2%に相当すると見積もられています。

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心不全の重症度を示す国際的な指標

心不全の重症度は、進行度(ステージ)や、自覚症状に基づく評価によって分類されます。病状の進行度については、米国心臓病学会と米国心臓協会が策定している「ACC/AHAステージ分類」を、自覚症状に基づく重症度の評価は「NYHA機能分類」を用いることが一般的です。

ACC/AHAステージ分類 ステージ 状態 A 心不全のリスクは高いものの、心臓の異常は認められず、心不全の症状もない状態 B 心臓の異常を認めるものの、心不全の症状はない状態 C 心臓の異常を認めるだけでなく、心不全の症状もある状態 D 心臓の異常を認め、適切な治療を行っているにも関わらず、安静時に心不全の症状が出ている状態 NYHA機能分類 クラス 状態 I 心臓病はあるが、坂道や階段をのぼるなど、普通の身体活動では症状がない Ⅱ 普通の身体活Ⅱ動で心不全の症状が出る Ⅲ 平地を歩くなど、普通以下の身体活動でも心不全の症状が出る Ⅳ 安静にしていても、心不全の症状や胸の痛みがある

心不全に用いられる薬の効果と注意点

心不全は、心臓の働きを強める薬を用いることで症状が改善すると考えられてきました。心臓の働きを強める薬は強心薬と呼ばれますが、古くから心不全の治療に用いられてきた強心薬がジゴキシンです。

しかし、ジゴキシンは副作用のリスクが高い薬であることや、心不全患者の寿命を延ばすような効果が証明されていないなどの理由から、あまり用いられなくなりました。

現在、心不全の代表的な治療薬は、利尿薬、β遮断薬、抗アルドステロン薬、レニン-アンジオテンシン系阻害薬です。

近年では、糖尿病治療薬として開発されたSGLT2阻害薬が、心不全治療にも有効であることがわかってきたほか、イバブラジン、ネプリライシン阻害薬、ベルイシグアトといった新薬も登場しています。

それぞれ紹介していきます。

利尿薬 心臓のポンプ機能が低下する心不全では、体に水分が溜まりやすくなり、手足のむくみが現れます。

このむくみを浮腫(ふしゅ)と呼びますが、水分の排泄を促す利尿薬を用いることで、浮腫の改善のみならず、息苦しさの症状や生活の質の改善が期待できます。 β遮断薬 心拍数を低下させるβ遮断薬は、心臓の働きを弱めてしまうため、心不全の治療に用いるべきではないと考えられてきました。

しかし、いくつかの臨床試験の結果から、β遮断薬は心不全患者の生存率を改善させることがわかっています。

その後に報告された数々の研究データでも、β遮断薬は心不全患者の病状を改善することが一貫して示され、現代では心不全治療の中心的な薬となっています。 抗アルドステロン薬 抗アルドステロン薬はいくつかの臨床試験で、心不全患者の生存率を改善することが報告されています。

ただし、血液中のカリウムの値を上昇させやすいことが知られており、まれに高カリウム血症と呼ばれる副作用をもたらすこともあります。 レニン-アンジオテンシン系阻害薬 レニン-アンジオテンシン系阻害薬には、アンジオテンシン受容体遮断薬とアンジオテンシン転換酵素阻害薬の2種類があります。

どちらも血圧を下げる薬として、高血圧の治療に用いられてきましたが、心不全にも有効であることが、いくつかの臨床試験で示されています。

ただし、アンジオテンシン転換酵素阻害薬は、副作用として咳が出ることもあります。 SGLT2阻害薬 SGLT2阻害薬は糖尿病の治療薬として開発された薬ですが、いくつかの臨床試験で心不全患者の病状を改善する効果が報告されています。

糖尿病の治療薬でありながら、低血糖の副作用は少なく、糖尿病を患っていない心不全患者にも用いることができます。
イバブラジン イバブラジンは、2019年11月に発売された新しい心不全治療薬です。心不全患者を対象とした臨床試験では、心臓病による死亡のリスクや、心不全による入院のリスクが低下したと報告されています。

一方、視界の一部に光が走って見える光視症や、霞目などの副作用が報告されており、イバブラジンを服用中にこれらの症状が現れた場合は、自動車運転をしてはいけないことになっています。 ネプリライシン阻害薬

ネプリライシン阻害薬は、アンジオテンシン受容体阻害薬とセットで用いられ、2つの成分を化学的に結合させたものを「ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)」と呼びます。

日本で使用できるARINは、2020年8月に発売されたサクビトリルバルサルタンです。心不全患者を対象とした臨床試験では、アンジオテンシン転換酵素阻害薬よりも優れた有効性が示されています。

ただ、サクビトリルバルサルタンは血圧を下げる効果も強く、低血圧などの副作用に注意が必要です。

ベルイシグアト ベルイシグアトは2021年9月に発売された新薬です。心不全患者を対象とした臨床試験では、心臓病による死亡のリスクや、心不全による入院のリスクが低下しました。

ただ、開発されて間もない薬であるため、副作用を評価するためのデータは限られています。
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心不全を治療する薬の特徴

心不全治療の進歩がもたらすもの

心不全の治療は、この四半世紀で大きく様変わりしました。かつては利尿薬や強心薬が治療の主流でしたが、β遮断薬やレニン-アンジオテンシン阻害薬など、心不全患者の生存率を高めるような薬が広く用いられています。

実際、心不全患者の5年生存率は、1979~2000年が29.1%だったのに対して、2000~2009年では59.7%と大きく増加したことが報告されています。

また、新薬が相次いで開発され、医療現場でも用いられるようになってきました。心不全の患者数は今後増加が見込まれますが、新薬が普及により、病状の悪化や入院のリスクの低下が期待できるでしょう。

一方で、新薬の安全性を評価するためには、膨大な研究データの蓄積が必要です。安全で効果的な心不全の治療を確立するためにも、今後の研究データの蓄積が待たれます。

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