医師偏在問題が生じている
地域と診療科で生じる2つの偏在
コロナ禍によって、日本の医師不足が浮き彫りになりました。OECD(経済協力開発機構)によると、日本の人口1,000人当たりの医師数は2.4人。OECD平均は3.5人で、ドイツ4.3人、スウェーデン4.1人と、他国と比較しても、その差は明らかです。
医師が不足する中で、地域によっても格差が生じています。厚生労働省が公表している「2018年医師・歯科医師・薬剤師統計」によれば、都道府県別の人口10万人当たりの医師数は、多い順から徳島県329.5人、京都府323.3人、高知県316.9人となる一方で、少ない順では埼玉県169.8人、茨城県187.5人、千葉県194.1人となっています。
出典:『2018年医師・歯科医師・薬剤師統計』(厚生労働省)を基に作成 2022年3月4日更新同じ都道府県内でも、県庁所在地などの都市圏に医師が集中し、過疎地域で不足する傾向もみられます。2008年から2014年にかけての医師数の減少割合を比較すると、大都市圏では2%しか減少していないのに対し、過疎地域では24%の自治体で減少しています。
こうした地域による偏在に加えて、診療科によっても偏在が生じています。
2004年を基準として2014年までの各科の増減率で、麻酔科が1.84倍、放射線科と精神科が1.6倍の増加となる一方で、外科は0.99倍、産婦人科で0.97倍と減少しています。
医師の偏在によって、過疎地域の医師が不足する診療科では、医師一人当たりにかかる負担が重く、激務となっています。そのため、辞める医師が続出し、若い医師も入ってこないという悪循環が問題になっています。
2008年まで医学部の定員数は抑制されていた
医師偏在問題が生じた背景には、過去の紆余曲折した医療政策の失敗があります。
1973年に「無医大県解消構想」が閣議決定されると、当時医学部のなかった県に国立の医科大学が設置され、新しい医師が急増しました。当時は人口10万人当たり150人の医師数を目標としていました。
しかし、1980年代に入ると財政再建のため超緊縮予算となり、医師数を抑制する方向に転換。医師が過剰になるとの見込みが立てられ、医大の定員数の絞り込みを行いました。
しかし、2006年頃から医師不足が顕著になり、救急患者のたらい回しが起きたり、経営破たんする病院が増えたりするなどの医療崩壊が取り沙汰されるようになりました。
このような状況により、厚労省は2008年から方針を180度転換し、医大の定員数を増やす政策をとり、今に至っています。
医師偏在問題の原因
特定の地域で勤務することを義務づけた「地域枠」
慢性的な医師不足や地域における偏在問題を解消するため、2008年から開始されたのが特定の地域に医師を定着させる「地域枠等」です。
これは、各都道府県にある大学医学部において、地域枠を設定して、卒業後に特定の都道府県で一定期間勤務することを義務づける制度で、これまで着実に医師を増加させています。

しかし、地域枠等の設定は大学に委任されており、その設定方法や内容が大きく異なっていることが明らかになっています。
例えば、卒業後に一定の都道府県等で一定期間勤務する従事要件や、勤務する年数なども統一されておらず、地域枠に入学した医師が卒業後に特定の都道府県で勤務することを「そのような条件を知らなかった」と拒否するケースが生じています。
そこで、厚生労働省では「地域枠等」という名称を廃止して、「地域枠」「地元出身者枠」「大学独自枠」の定義を明確にして、要件などを統一する方向で検討しています。
2024年から始まる医師の働き方改革が転機
医師の時間外労働に上限が設けられる
2024年4月から医師の「働き方改革」が推進され、勤務医の時間外労働時間を「原則として年間960時間までとする」などの方針が示されています。
現在、医師の連続勤務時間は「32~36時間」が38.6%を占め、次いで「36時間以上」が22.5%と続きます。こうした激務を解消し、医師の健康を維持するためにも働き方改革は欠かせません。

しかし、ただでさえ医師が不足している地方では、この上限では医療体制を維持できなくなる危険性があります。
例えば、ある地方の中核病院では、常勤医師30名に対し、病床数280床、年間救急車受け入れ約3,000台に対応しています。この病院で新しい勤務時間でシミュレーションをすると、「救急対応を原則1名で行わなければならない」などの問題点が生じます。
そこで、日本医師会はフレックスタイム制や変形労働時間制などの採用を提案しています。
フレックスタイム制は、1~3ヵ月の期間における所定労働時間を定めて、コアタイム以外は自由に出勤できる制度です。病院では、外来診療時間やカンファレンスの時間をコアタイムにすることで、それ以外の時間の出勤を医師の都合などによって調整することができます。
一方の変形労働時間制は、1ヵ月や1年といった特定の期間において、週平均40時間以内となるように、あらかじめ労働時間を設定する制度のことです。例えば、手術日が決まっていて、必ず労働時間が長くなるをわかっている場合は、労働時間を10時間とし、別の日に半日の勤務日を設けるといったことが可能になります。
こうした労働制度を設けることで、先述した女性医師の勤務を推進することにもつながります。
大学病院を軸に据えた柔軟な地域医療体制づくりが不可欠
医師の偏在問題と働き方改革、地域医療体制づくりは密接に関係しています。
例えば、地域医療体制の中心的存在である大学病院では、2024年に設けられる上限時間をクリアするためには教育・研究と地域医療支援の時間を少なくしなくてはなりません。そうなると、地域枠による医師育成制度にも影響を及ぼすリスクをはらんでいます。
逆に地域での医療提供を重視すれば、上限時間の基準を満たさなくなり、国による助成金などを受けられなくなり、経営が厳しくなるといった矛盾も生じかねません。
こうした課題を解決するためにも、大学病院の医師の副業・兼業を促し、地域のほかの病院でも自由に働けるような制度を設ける必要があります。
勤務する時間と、勤務する場を固定するのではなく、地域内で循環させることができれば、偏在問題を解決する一手にもなります。
2024年の働き方改革を契機に、医師の多様な働き方を実現することが求められているのです。