三重県津市の訪問介護事業所で介護報酬の不正請求が発覚
介護サービスを提供したと虚偽の書類を作成
三重県は3月22日、津市にある介護事業所が介護サービスを提供したと虚偽の書類を作成し、不正に介護報酬を得ていたとして、介護保険法による訪問介護事業所および障害者総合支援法による居宅介護事業所の指定取り消しの行政処分を行いました。
県によると、対象の事業所は実際には行っていない介護サービスについて、介護報酬を請求する書類を作成。2018年1月から2020年7月までの間に、320件の不正請求を行い、請求金額の合計は98万円5,000円に上ったとのことです。
また同事業所は、不正請求の隠蔽のために、すでに退職した職員が介護サービスを提供したと、書類に虚偽の内容を記載していました。 県は外部の情報提供をもとに、2021年3月から監査を開始。同事業所は不正請求の事実を認めた上で、その理由について、「人件費を抑えたかった」と回答しています。
同事業所に対しては、保険者として津市と松坂市が介護報酬を支払っており、今後両市は、課徴金を含めて同事業所に返還請求する予定です。
介護報酬の不正請求の実態とは?
介護報酬の不正請求に対しては、行政も取り締まりを強化していますが、実際の手口は多様です
例えば今回の津市の例では、退職した元職員の名前を使って、あたかも在籍しているかのように記載して、不正請求を行うという手口が見られました。他にも実例としては、以下のような不正請求の方法があります。
- 同じ時間帯に複数の利用者に対して、1人の職員がサービスを行ったと記載して介護報酬を請求。
- 事業所としての人員基準を満たしていないのに、満たしているかのように記載して介護報酬を請求。
- 利用者の同意なしに看取り介護などを勝手に行い、介護報酬を請求。
- 資格が必要な介護サービスを無資格者が実施し、介護報酬を請求。
- 介護職員処遇改善加算を受けているのに、従業員の賃金に一切反映させない。
このような不正請求が発覚すると、介護保険法77条1項の内容に基づいて、その介護事業所は行政による指定取り消し処分を受けます。
介護事業所が指定取り消し処分を受けると、「介護報酬の請求ができない」「新たな指定を受けられない」「指定の更新ができない」「不正に得た介護報酬を返還しなければならない」「公表・報道され、社会的な制裁を受ける」などの不利益を受けます。
不正請求の実態と訪問介護事業所に多い理由
不正請求による指定取り消し件数の実態
今回の不正請求の事件は、三重県が公表したために新聞報道もされましたが、全国的にも、報道されている以外に毎年かなりの発生例があります。
厚生労働省の「令和3年度 全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料」によると、自治体から指定取り消しの行政処分を受けた介護事業所の数は、令和2年度では全国で109件。そのうち、指定が取り消された理由として最も多いのが「不正請求」で、全体の27.2%を占めています。つまり、不正請求で指定取り消し処分を受けた事業所が、1年度だけで40件以上もあったわけです。
さらに今回の津市のケースでは、介護保険制度に基づく訪問介護事業所が指定取り消しの行政処分を受けましたが、全国的にみても、指定取り消し処分を最も多く受けているのは訪問介護事業所です。
同資料によると、令和2年度に指定取り消し処分を受けた介護保険制度に基づく事業所のうち、最多であったのが「訪問介護」の19件でした。
なぜ、訪問介護事業所で指定取り消し処分を受けるような不正請求が多発するのでしょうか。
人手不足が顕著な訪問介護事業所は不正請求が多い
不正請求による指定取り消し処分を受ける対象として訪問介護事業所が多い最大の理由は、人手不足です。
公益財団法人介護労働安定センターの「令和2年度介護労働実態調査」によると、「人材の不足感」を感じている事業所の割合は、介護施設などで働く「介護職員」については66.2%であったのに対し、「訪問介護員」では80.1%にも上っています。一般的な介護職員に比べ、訪問介護員の方が人材不足感は高くなっています。
人手不足が解決されないと、経営を維持できるほどの収益を上げることが困難にもなってきます。だからといって、収益を十分に上げられないのに給与アップを図ろうとすると、収益に対する人件費の割合が高まります。そこで事業所の経営陣が思いつくのが、介護報酬の不正請求による収益の水増しです。
IT化による生産性向上がカギ
人手不足を補うためにはIT化が不可欠
このように介護報酬の不正請求を防ぐには、人材不足の問題を解決することが重要です。
その対応策の一つとして現在、IT化推進による生産性向上に注目が集まっています。IT化を進めて、少ない人数でも事業所を運営できるようにすることで、人手不足感を解消しようというわけです。ここでいうIT化とは、介護事業所を対象としたスマホやタブレット端末で利用できるICTシステムの導入、IoT(モノのインターネット)の導入、AIの活用などを指します。
介護事業所のIT化を進めることで、職員の事務作用にかかる時間が削減されます。従来、各種記録や資料作成を行う場合、これまでは職員が手書きあるいはパソコンのソフトで作るのが一般的でした。
また、介護システムの導入により、インターネット環境さえあれば利用者のデータ等を共有でき、スマホ・タブレット端末でいつどこにいても情報をチェックできます。データの共有をスムーズに行うことができれば、職員同士で面と向かって確認する手間がかからず、生産性を高めることができるでしょう。
IT化の課題として高齢化の問題がある
しかし、訪問介護事業所にIT化を進めるにあたって、ネックとなるのが職員の高齢化とそれに伴うITに対する拒否反応です。
「令和2年度介護労働実態調査」によれば、従業員に占める65歳以上の割合は、「介護職員」が9.4%、「介護支援専門員」が9.3%であるのに対して、「訪問介護員」は25.6%に上っています。訪問介護事業所では、職員の高齢化が特に進んでいるわけです。
やはり高齢の職員の場合、ITを一から習得することに抵抗を覚える人が多いとも考えられます。職員の中には「手書きの方が早いから」等の理由でIT化を受け入れないケースもあります。この世代に対し、デジタル化によるペーパーレスや迅速な情報共有等によって得られる生産性向上の重要性を伝え、ITに対応できる教育をどう行うかが大きな課題といえます。
ただ、成功例が増えているのも事実です。大阪にある登録ヘルパーの事業所では、60代後半~70代前半の訪問介護員に対してスマホによるChatworkでの情報共有の方法を研修で実施し、現在では現場で大いに活用しているそうです。高齢の訪問介護員でもICTの便利さや有効性を理解してもらえば、問題なく受け入れてもらえることの良い事例といえます。
このように、介護報酬の不正請求の背景には深刻な人手不足が原因ということがわかりました。人手不足解消のために、IT化を進めていくことが重要です。