ケアマネの「逓減制の緩和」が実施され1年が経過

民間シンクタンクによる「逓減制の緩和」実施後の調査結果が発表

2021年4月に実施された介護保険制度改修・介護報酬改定において、目玉ともいえる施策の1つが、居宅介護支援を対象とした基本報酬の「逓減(ていげん)制の緩和」でした。

逓減制とは、ケアマネ1人当たりの利用者担当件数が一定数を超えたとき、基本報酬を引き下げるという仕組みのこと。つまり逓減制を導入することで、事実上の担当人数の上限を定めているともいえます。

そして2021年の制度改定で行われたのは、それまでは40件目から逓減制が適用されるとの規定だったのを、45件目からに緩和するというもの。40~45件未満でも、基本報酬をそのままもらえるようになったわけです。

この逓減制の緩和を実際の居宅介護支援事業所はどのくらい適用したのかについて、先日、三菱総合研究所が行った調査の結果が公表されました。

調査結果はアンケートの有効回答が得られた全国1,134件の居宅介護支援事業所の回答内容が基になっています。

それによると、2021年9月時点で実際に逓減制の緩和を適用していた事業所の割合は、わずか9.1%でした。制度施行後半年近くが経過した後でも、適用している事業所は1割にも満たなかったわけです。

居宅介護支援、基本報酬の逓減制への適用緩和は1割に満たず。背...の画像はこちら >>
出典:『居宅介護支援及び介護予防支援における令和3年度介護報酬改定の影響に関する調査研究事業報告書』(三菱総合研究所)を基に作成 2022年06月21日更新

「逓減制の緩和」とはどのような改定?

先述の通り、2021年4月の制度改正で実施された逓減制の緩和は、ケアマネ1人当たりの担当を40人→45人まで増やしても基本報酬は変わらないというものでした。

しかし、この緩和だけを実施すると、報酬アップを目的として、単純に各ケアマネの業務負担・業務時間の増加を招くだけになってしまう危険があります。

厚生労働省は、この逓減制の緩和を実施するにあたって、条件を設定しました。それは「ICTの活用」「事務職員の配置」のどちらかを実施すること、という内容。このいずれかの施策を行っている場合にのみ、逓減制の緩和が認められるようにしました。

つまり、ICTを活用したり、事務職員を配置したりして、業務効率化・経営の安定化を図っている事業所にのみ、逓減制の緩和が適用されるようにしたわけです。

ちなみに、ICTの活用、もしくは事務職員の配置を行って逓減制の緩和を適用した場合、以下のとおりになります。

  • 要介護1・2=「1,076単位」
  • 要介護3・4・5=「1,398単位」
45件未満
  • 要介護1・2=「522単位」
  • 要介護3・4・5=「677単位」
45件~60件未満
  • 要介護1・2=「313単位」
  • 要介護3・4・5=「406単位」
60件以上

これらはすべて、2021年4月の介護報酬改定で新設された「居宅介護支援費Ⅱ」における算出内容です。

「逓減制の緩和」の背景と適用が進まない理由

「逓減制の緩和」が実施された理由とは

2021年4月の介護保険制度・介護報酬改定において「逓減制の緩和」が導入された最大の理由は、全国的なケアマネ不足です。2018年からの受験資格の厳格化によって年間の資格取得者も減ってしまったことも、不足感の上昇に拍車をかけています。

その不足を補うには、各ケアマネの担当人数を増やすような施策を取ることが必要です。逓減制の緩和は、まさにその目的にかなう改定といえます。

また、コロナ禍の影響も相まって、近年居宅介護支援事業所の経営状況が平均的にみてあまりよくありません。

厚生労働省の「令和2年度介護事業経営実態調査」によると、居宅介護支援事業所の収支差率(収入から支出を引いた値を、収入で割った値)は、マイナス1.6%。つまり赤字です。

特に、実利用者数が150人以下の小規模事業所になるほどマイナス幅が大きくなっています。

居宅介護支援経営の安定化を図るなら、ケアマネの担当人数を増やして介護報酬をアップさせるのが必須です。厚生労働省としては、逓減制の緩和により担当人数を増やす誘因を提供することで、全体的な業績改善を図ろうともしているわけです。

「ICTの導入の体制が未整備」が適用が進まない最大の理由

逓減制の緩和を適用させた場合、仮に担当者全員が要介護3・4・5の認定を受けていると仮定すると、ケアマネ1人あたり毎月数万円単位の増収につながります。

しかし、実際に逓減制の緩和を行っている居宅介護支援事業所の割合はわずか9.1%でした。逓減制の緩和の適用が進まない理由とは何でしょうか。

先の三菱総研の調査結果によると、適用緩和の適用をしていない事業所に対してその理由を尋ねる質問をしたところ(複数回答可)、最多回答となったのが「ICT機器等を活用できる体制が整っていない」の44.5%でした。

居宅介護支援、基本報酬の逓減制への適用緩和は1割に満たず。背景にあるICT導入の難しさ
逓減制の適用緩和の届出をしていない理由
出典:『居宅介護支援及び介護予防支援における令和3年度介護報酬改定の影響に関する調査研究事業報告書』(三菱総合研究所)を基に作成 2022年06月21日更新

制度上の規定(厚労省の通知)によると、「ICTの活用」とはチャット機能のあるアプリが使えるスマートフォン、訪問記録を保管できるソフトが使えるタブレットを導入していることが挙げられています。

また、補足として「利用者情報の共有を即時・同時にできる機能、関係者と日程調整を行える機能」、「ケアプランなど必要な情報を常時記録、閲覧できる機能」などを持つ機器を利用していることなども追加されています(実際には以上の内容を踏まえ、状況に応じて個別に判断)。

特に経営資源が限られる小規模事業所の場合だと、ICT機器を活用できる体制を整えるのは難しくなるとも考えられます。

なお、もう1つの要件である「事務員の配置」については、勤務形態は常勤でなくともよく、事業所内の配置に限定せず、同じ法人内での配置も認めるとしています。

ただし、常勤換算でケアマネ1人につき、月当たり24時間以上の勤務が必要です(実際には以上の内容を踏まえ、状況に応じて個別に判断)。

ケアマネの担当件数を無理に増やすと業務負担増に

逓減制の適用緩和によって業務時間が増加する事業所多数

「逓減制の緩和」を導入した狙いは「ケアマネ1人当たりの担当件数を増やしたい。しかしICT導入または事務員増加で業務効率化を行う」という点にあるといえます。

ところが、三菱総研の調査結果によると、逓減制の適用緩和を受けた事業所に対して、担当件数が増えたことで、全体の業務時間はどうなったのかを尋ねる質問をしたところ、「増えた」との回答が36.9%に上り、「変化なし」の29.1%を大きく上回っていました。

居宅介護支援、基本報酬の逓減制への適用緩和は1割に満たず。背景にあるICT導入の難しさ
逓減制の適用緩和に伴い、担当件数が増えたことによる全体の業務時間
出典:『居宅介護支援及び介護予防支援における令和3年度介護報酬改定の影響に関する調査研究事業報告書』(三菱総合研究所)を基に作成 2022年06月21日更新

特に小規模事業所ほど顕著で、1~2人規模の事業所では、逓減制の緩和を適用したことで業務時間が増えたとの回答は5割を超えています。

逓減制の緩和を適用するには、ICT導入または事務員増加によって業務効率化を行っていることが要件。しかし、それら施策を行っていても、結果としてケアマネの負担増・業務時間増につながっているケースが多いわけです。

ポイントは適用・非適用のどちらが収益面で有利になるか

各事業所にとって、「逓減の緩和」を適用するかどうかの分かれ目としては、要件である「ICTの活用」または「事務員増加」によって生じるコスト増と、担当件数増による介護報酬の増加を天秤にかけて、どちらが収益面で有利になるか、という点がまず挙げられるでしょう。

また、ケアマネ1人当たりの担当件数を増やすということは、ケアマネがより多くの利用者の状況を理解する必要があることを意味します。

そのため状況によっては、ケアマネが担当人数の増加により、利用者1人ひとりへの向き合い方が疎かになり、ケアマネジメントの質が低下する恐れもあります。

つまり、「ケアマネジメントのクオリティを維持できるか」という点も、一つのポイントになるでしょう。

いずれにせよ、実際には「逓減の緩和をしない方が望ましい」と判断している居宅介護支援事業所が9割近くに上っているわけです。

これでは逓減の緩和の改定を行った意味・効果があまりなく、制度のあり方への再見直しも今後必要になってくるのかもしれません。

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