子どもの頃から洋服を見るのが好きだった
くらたま柏木さんのおしゃれ、ますます注目が高まっていますね。実は私の妹も柏木さんの大ファンで、インスタグラムをずっとフォローしているんです。「年齢を重ねても柏木さんみたいにおしゃれを楽しみたい」なんてお声も多いですよね。
ありがとうございます。本当にうれしいことです。でも、もともとは、自分の楽しみのためにおしゃれをしていただけなんです。
そうなんですね。柏木さんの印象に残ったフォロワーの方の声ってほかにもありますか?
柏木「このスニーカーは〇〇のブランドのものですか?」という質問なんかもよくいただきます。すでに売ってない靴の場合もあるのですが、販売中のスニーカーだった場合は、マネして買ってくださる方がわりといらっしゃるとも聞きます。
それから、伊勢丹で必ず食べるアフォガードのアイスクリームがあるんです。それをインスタグラムで紹介したら、お客さんがたくさん来るようになったので、多めに仕入れをしているという話も聞きました。わざわざ地方から食べに来られる方もいるみたいで……。
お気に入りのお店で「私のインスタグラムを見て来た」と言ってくださる方とばったりお会いすることもあります。想像以上の反響で本当にありがたいです。
写真:アフォガードアイスクリームを楽しむ柏木さん(柏木由紀子公式Instagram(@yukiko_kashiwagi)より)
くらたま
まさしく柏木さんが「おしゃれ番長」と言われるゆえんですね。
若い頃は、原色をあまり着なかったんです。でも、この10年ぐらいは赤を着るようになりました。すると不思議なことに色から元気をもらうんですよね……。それに、これまで避けていた服を着てみたら、意外と楽しめるということもあります。
母の最期は私の家で
くらたまこんなお家なら、ご家族との時間もいっそう楽しく過ごせそうですね。
柏木ここは母と住むために建てた家でもあるんです。同居を始めて半年ぐらいで亡くなってしまいましたけどね。
くらたまじゃあ、長く臥せっておられたわけではないんですね。
柏木もともと身体が弱くて入退院を繰り返していたんです。退院して戻ってきたときは、家族が交代で母をみていました。介護士さんにも来てもらいました。私が2階にいたので、夜中は、ほとんど私がみていましたけどね。
くらたまお母さまを最期までみようと思って同居されたんですか?
柏木母はマンションで一人暮らしをしていたのですが、その頃から一緒に住んだほうがいいと話していました。
お母さま、短くても最期の時間を一緒に過ごせて、幸せだったかもしれませんね。
柏木それが私たちの望みでした。ここで見送ることができて本当に良かったと思います。
奇跡の80代へ
くらたま柏木さんには「奇跡の70代」から「奇跡の80代」へ向かっていただきたいなぁ。だって、柏木さんの生き方からどれだけ勇気がもらえるかって話ですよ。
ありがとうございます。これからは、1日1日、好きなことを楽しみながら、元気に生きられたら、と思っています。いろいろな年代がありましたけど、今、私のふたりの娘たちは結婚して子どもがいます。幸せな家庭をつくっているので、私はもう「やることは、やった」という思いなんです。
くらたまそうやって、普段から楽しく生きてらっしゃるからお若いのかな?
柏木なるべくストレスは溜めないようにしています。やっぱり身体に良くないですよ。
くらたま私もそう思います! 柏木さんがこんなにお若いのは、きっと変なストレスを溜めていらっしゃらないからだろうなと思っていました。
今までいろいろなことはありましたけどね。本当はネガティブでくよくよ悩んじゃうタイプです。
くらたまえー! そうですか? 全然そんな感じがしない。
柏木ありがとうございます。落ち込むことが、だいぶなくなりましたね。
くらたまそれは、なぜなんですか?
柏木なぜでしょうね。年齢と共にということもありますし、落ち込むこと自体起こりにくくなったからなのかもしれません。
そうですね。落ち込むことがあっても、意外と未来は分からないものなのかもしれませんね。今日お話をお聞きして、おしゃれやたくさんのご趣味が柏木さんの元気のみなもとなんだなって感じました。私も、柏木さんみたいに、毎日を健やかに、楽しく生きていきたいです。ありがとうございました。
- 撮影:熊坂勉
- 倉田真由美と柏木由紀子の2SHOT 撮影:熊坂勉
柏木由紀子
女優。1947年12月24日、東京都生まれ。小学生の時に劇団若草に入団。雑誌『女学生の友』などのモデルをつとめる。1964年、映画デビュー。その後『細うで繁盛記』『華麗なる一族』ほか数々のドラマで人気を博す。1971年に坂本九さんと結婚。2004年に二人の娘たちとのユニット「ママエセフィーユ」を結成。著書に『柏木由紀子 ファッションクローゼット』(扶桑社刊)などがある。