「年金は頼れない」「老後2,000万円必要」といったフレーズで、メディアが老後の生活の不安を煽ることは多い。第一生命経済研究所首席エコノミスト・永濱利廣氏はデータを読み解きながら、その心配を否定する。

年金制度破綻への過度な不安は経済を止めてしまう

みんなの介護 年金など、社会保障の未来についてはどうお考えですか。「年金がもらえなくなるかもしれない」という不安の声もメディアで盛んに取り上げられています。

永濱 将来年金をもらえなくなるという説が一人歩きしています。今後給付額が減る可能性はあっても、制度自体がなくなることはあり得ない。制度設計自体はちゃんとしています。

5年に一度、年金財政は見直されます。前回2019年の時点では雇用関係や年金財政の収支が改善していました。しかし、良いニュースはあまり報道されず、ネガティブなことばかりが話題になる。

結局「年金がもらえない」といったありもしない不安によって、みんながお金を使わなくなるり、経済が回らなくなります。そのことが、社会保障財政をより苦しいものにしてしまう可能性があることを理解してほしいと思います。

たまにいるじゃないですか。「どうせ年金もらえないんだから、年金保険料も払わなくていい」いと考える若者が。これは、将来の年金財政に対して、自ら首を絞めるような状況です。

―― 私たちは根本の年金制度に対する理解がまだ甘いかもしれません。

永濱 例えば、基礎年金は半分が国庫負担なわけです。国庫負担の財源がどこから来てるかというと、我々が毎日買い物をしている消費税からです。

年金保険料を払わなくても、毎日買い物する消費税は払うことになるでしょう。消費税は払っても後にリターンはありませんが、年金保険料を払っておけば将来年金というリターンがある。そのような仕組みをもっと知ってほしいと思います。

ほかにも過度な不安を煽る情報があります。高齢化によって一人が支える高齢者の割合が高くなることです。お神輿型から肩車型になりつつあると言われていますね。

しかし、そもそも支えられる側の人を年齢で区切るのはいかがなものかと思います。高齢者でなくても生活保護などを受けていたら、経済的には支えられる側に入る。それに、働く高齢者であれば稼いだ分だけ支えられずに済むわけです。

そもそも支える側と支えられる側はどういう基準で決めているか。国際基準では、15歳から64歳までを生産年齢人口の支える側。15歳未満と65歳以上を支えられる側の人口とわけます。

日本は海外に比べたら平均寿命が長い。海外と同じ64歳までを現役世代と考えるのはどうなのかということがあります。実際、今は高齢者になっても働いている人が多いです。

生産年齢人口を69歳まで伸ばしてグラフをつくるだけでも落ちはなだらかになる。働いている人が働いていない人を支えるという見方をするならば、実は状況は全然悪化していない。むしろ少し改善しています。

永濱利廣「“年金は頼れない”“老後2,000万円必要”といった嘘の言説に騙されるな」
“嘘”に翻弄されてパニックになると経済は止まる。大切なのは、事実に基づいて考え、備えること

「老後2,000万円貯めないと生きられない」は嘘

―― データの捉え方を変えることで、メディアでセンセーショナルに報道される問題の本質がわかる。他に事例はありますか?

永濱 老後2,000万円問題もそうですね。「老後のために2000万円貯めないと生きていけない」というのは嘘です。

そもそも2,000万円という数字はどこから出てきたか。

総務省の家計調査という統計の中に、老齢無職世帯というカテゴリがあります。その老齢無職世帯の平均消費額を前提に、90歳まで生きるのに必要なお金を計算すると2,000万円になるんです。

でも、あくまで老齢無職世帯が平均的に消費をする金額を前提に行われた計算です。実は、老齢無職世帯の平均保有金融資産は2,300万円以上の想定なんですよ。

その世帯が平均的に消費をする金額で90歳まで生きるときに必要な金額。それが2,000万円というわけです。

実態と離れた数字を見て、2,000万円貯めなきゃと思って貯蓄に回すと経済が回りません。企業が儲からないから我々のお給料も増えない。『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』で書いた、「過剰貯蓄長期停滞」の原因になってしまうのです。

―― 日本が高齢になっても安心して過ごせる国になるにはどんなことが必要でしょうか?

永濱 一つは、シニアがもっと働きやすい環境をつくることだと思います。これに対してはすでに動きが起こりつつあります。

もう一つは、増大する医療費の問題を解決することです。

社会保障費の将来推計を見ると、将来の伸び率が一番大きいのが医療費です。いかに健康を維持させられるか、そのための政策を打っておく。そして医療や介護の負担を減らしていく。

また、地域で医療費の負担額が全然違います。例えば、四国は医療費が高いという問題がある。地域間での格差を是正するような公的な施策が必要です。

健康な状態での増税は社会保障の財源にもできる

―― 社会保障費を財源ということで、増税についてはどうお考えでしょうか。

永濱 私は増税を全否定しているわけではありません。タイミングが重要です。最初に消費税を導入した1989年は消費税を導入しても、景気への影響はそれほどなかった。

人間の体に例えれば、健康な状態だったからです。筋トレをしても筋肉痛が出るぐらいで、むしろより強い筋肉になったりするわけです。

だけど、病気のときに無理に筋トレをしたら、病状が悪化してふさぎこんでしまいます。私も実際に経験があるのですが。

―― だからダメージを受けてしまった。

永濱 1997年の増税やアベノミクス以降2回の増税は、健康になる前の増税だった。逆に身体が健康な状況なら増税は悪くないと思います。

私が消費増税をするのであれば、軽減税率8%の税金をゼロにして標準税率を上げていきます。食品の値上がりが進んでいますからね。

実は軽減税率8%を0%にするために必要な財源は4兆円です。でも標準税率を2%上げると、それだけで4.6兆円ぐらい税収が確保できる。だから、軽減税率をゼロにして、消費税率を12%に上げるだけでもトータルの税収が増えることになります。

そういう方向性もあっていいのかなと。ただそれは経済が健康な状況になってからです。

増税することで、その財源を社会保障にあてていくのはありだと思います。

撮影:花井智子

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