渋沢栄一には、よく「日本資本主義の父」という枕詞(まくらことば)が使われます。「渋沢の功績を分かりやすく伝えるキャッチフレーズですが、実は彼自身は『資本主義』という言葉を一回も使ったことがありません」と指摘するのは、作家で中国古典研究家の守屋 淳(もりや・あつし)さん。
渋沢は、自らが理想として掲げていた経済システムを、資本主義ではなく「合本(がっぽん)主義」と呼んでいました。あまり耳にしない言葉ですが、合本主義という名前も、その仕組みも彼が考案したものです。合本主義とは何か、守屋さんにうかがいました。

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「合本主義」の合本とは、「本(もと)を合わせる」という意味です。「本」は資本を指し、具体的には、カネ、モノ、ヒト、知恵などが含まれます。合本主義のほかにも、渋沢は「合本組織」「合本法」というように、いろいろな場面でこの「合本」という考え方を使いました。

合本主義とは何かを理解するために、まずは私たちになじみの深い、資本主義との違いを見てみましょう。
「資本主義」を国語辞典で引いてみると、たとえば次のような説明がなされています。
「生産手段を資本として私有する資本家が、自己の労働力以外に売るものを持たない労働者から労働力を商品として買い、それを上回る価値を持つ商品を生産して利潤を得る経済構造。生産活動は利潤追求を原動力とする市場メカニズムによって運営される。」
(『デジタル大辞泉』)

他の多くの定義も同じですが、資本主義の説明には、「資本」「労働力」「市場」といったキーワードが出てきます。
一方、合本主義は、渋沢栄一記念財団の前研究部(現・研究センター)部長である木村昌人さんによると、次のように定義されています。
「公益を追求するという使命や目的を達成するのに最も適した人材と資本を集め、事業を推進させるという考え方」
真っ先に目につく資本主義との違いとは、「公益」という言葉が入ってくること。

合本主義もその仕組み自体は、資本主義と同じように資本や労働力、市場を必要とします。
ただし資本主義の場合、仕組みを動かす原動力は、資本家たちの「もっとお金を儲けたい」「お金持ちになりたい」という個人的な欲望にほかなりません。このため、どんな研究者の定義にも、資本主義の説明に「公益」という言葉は出てきません。
ところが、合本主義には「公益を追求する」という使命や目的が根本に置かれています。もう少し具体的に言えば、事業を行う場合に「自分がもっと儲けたい」という思いは、事業の推進力として絶対に必要です。しかし同時に、その結果として「国や社会が豊かになる」「人々が幸せになる」という目的が達成されなければならない、と考えたのです。

そのためには、一部の人に富が集中する仕組みではなく、「みなでヒト、モノ、カネ、知恵を持ち寄って事業を行い、その成果をみなで分かち合い、みなで豊かになる」という道筋を考えた──これが渋沢が唱える合本主義なのです。
■『NHK100分de名著 渋沢栄一 論語と算盤』より