時器放談●マスターピースとされる名作時計の数々。そこから10本を厳選し、そのスゴさを腕時計界の2人の論客、広田雅将と安藤夏樹が言いたい放題、言葉で分解する。
安藤 国産時計のマスターピースというと、やっぱりグランドセイコーということになると思います。広田さんお好きですよね? グランドセイコーはどのあたりがすごいと思いますか?
広田 とにかくちゃんとできている、中身から外装まで全部。ザ・日本って感じですよね。
安藤 広田さんはよくおっしゃっていますが、グランドセイコーはあまりにも精緻なつくりをしているから、製造工程の多くを機械に頼っていると誤解されがち。でも、実際は手作業で行われている工程が、世界のほかのブランドと比べてもむしろ多いですよね。
広田 ですです。
スゴい時計【8】
グランドセイコー「ヘリテージコレクション SBGV205」

安藤 手作業の職人技術が高すぎて、逆に機械製造と勘違いされちゃうなんていかにも日本らしい(笑)。グランドセイコーのデザインは面が多く使われていますが、その面の研磨がスゴいですよね。だから光と影が小さな世界にしっかりと生まれる。
広田 針もケースも文字盤も、とにかくお金と手間がかかってます。だから、インスタ映えするんです(笑)。
クオーツのロールスロイスと呼ぶにふさわしい中身の話
安藤 機械的にはどうですか?
広田 グランドセイコーはロレックスと似ていて、今ではステイタスのある時計だけれど、もともとは実用時計の最高峰を目指していた。実用時計ってゼンマイの力を強くして、針を太くして時間を読み取りやすくして、部品が傷んだら交換する。かたや、高級時計は力を弱くして長持ちさせるというのが一般的な考え方なんです。けれどグランドセイコーは面白くて、実用時計としての機能性はあるのに、構造や考え方は高級時計なんですよ。メンテナンスのたびに部品を交換する必要はほとんどないんですね。実は相当変わった時計だと思います、これ。

安藤 ゼンマイの動力、ほかと同じくらいなんだ。
広田 はい、実は。
安藤 でも、グランドセイコーのクオーツに搭載されている9Fムーブメントは、一般のクオーツと比べて強い動力を持っているから太い針を動かせますよね。
広田 そう、クオーツのロールスロイスと呼ぶにふさわしいすばらしいムーブメントです。でも機械式やスプリングドライブは、ほかと比べて決して強くはしていない。だから長持ちする。これこそがグランドセイコーの知られざる魅力だと思っています。

安藤 スイスは人件費高いですからね。大卒初任給で見ても世界ナンバーワン。金額にして日本の3倍以上だと言われています。さらに言うと、スイスでは時計の技術者というのはかなりのステイタスのある職業だから、当然賃金も高い。
広田 つまり製品レベルに対して、割安感がすごいんです。だから世界中の人間が買うようになっている。
安藤 あるアンティークウォッチ・ディーラーに言われて見てみたんですけど、グランドセイコーをインスタで検索すると、カタカナよりも圧倒的に英語表記が多いんですよ。それだけ海外の人の注目が集まっている。実際、そのディーラーのところにも最近、海外からの問い合わせが急激に増えているらしいです。

広田 そう、海外のコレクターが買うようになったのは間違いない。
安藤 国内でも相変わらず売れてますよね。とくに震災を経て、“日本のものづくり”を再評価する機運が高まってからは、若い世代にも確実に浸透している気がします。
広田 かつては、「おじさんっぽい」と敬遠する人も少なくなかったドメスティックブランドだけど、若い世代の人たちにはドメブラに関しての抵抗感ってまったくないですよね。むしろ、舶来ものよりも新しさを感じる人もいるようです。確かに、今の40代~50代はごぞって舶来ものを選んできたわけでしょう。それを見て育った若者からすれば、そっちのほうが古くさく感じてしまうのかもしれない。
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安藤 グランドセイコーには、メカニカル、スプリングドライブ、クオーツと3つの心臓があるわけですが、海外の人からするとやはりメカニカルが人気という感じなんでしょうかね。
広田 どれもいいけど、やっぱりそうかもしれませんね。
安藤 セイコーの高級機械式時計に関していうと、1960年代の時点で、本場スイスで行われていた精度を競うコンクールで上位を独占するほどの評価を得ています。そうしたコンクールで受賞した機械が搭載されたモデルもありますし、現在の9Sメカニカルはその延長線上にある。

広田 あまりにセイコーが上位を独占してしまったので、1960年後半にはコンクール自体がなくなってしまったんですよね。
安藤 時計の世界では最近、完全自社生産を意味する「マニュファクチュール」という言葉があふれているんですけど、本当の意味ですべてを作れている時計メーカーは数社しかありませんよね。
広田 マニュファクチュールには順序みたいなものがあって、いちばん初歩的なクラスは時計の設計ができるけど、部品は外部から調達に頼っているメーカー。次のクラスになると今度は、大きな部品が作れるようになります。さらに小さな部品が作れるようになるとひとつレベルが上がり、その次が心臓部を作れるメーカーということでしょう。
安藤 そこまでくると胸を張ってマニュファクチュールと言えますね。
広田 そう、でも、実はさらに上があって、部品に使う素材までコントロールできるかどうかが鍵を握る。そこまでできるところって、本当に世界でいくつもないですよ。セイコーは間違いなくそのひとつだと思います。
安藤 そこまでのマニュファクチュールだからこそ、特別なクオーツも作れるし、精度をクオーツ、駆動をメカニカルで行うというセイコー独自の技術スプリングドライブも生み出せた。

広田 スプリングドライブに関しては、セイコー以外にも同じことを考えたブランドはあったんです。ただ、量産化には至らなかったんです。
安藤 僕は1999年に発表された初代スプリングドライブを所有していたことがあるんですが、当時はクレドールとセイコーブランドのモデルしかなかった。グランドセイコーへの搭載はそれから5年後の2004年ですよね。
広田 そう、すぐには載せない。グランドセイコーとしての高い基準を満たしてはじめて載せる。そういうところも日本らしいというか、グランドセイコーが評価される理由なんだと思います。
※本文中における素材の略称:SS=ステンレススチール
【問い合わせ】
グランドセイコー 0120-302-617
関 竜太=写真 いなもあきこ=文