連載「週末ファーマーズライフ」
都市部に住む大人の男の間で、ちょっとした話題となっている「週末農業」。子供の食育にもいいし、なにより土をいじって野菜と向き合えば、心も体もキモチいい! 週末ファーマーズ志願者たちに送る、農業スタイル提案。
食や自然に対する関心の高まりともに、都市生活者がライフスタイルの一環として“農”と接する手段も多様化している。当連載で紹介した『シェア畑』のようなサポート付き貸し農園サービスは、その最先端といえるだろう。
とはいえ、実際に畑を借りての農業体験に対し、ハードルの高さを感じてしまう人も、まだまだ多いはずだ。そこで注目してほしいのが、「作物を育てる」ことの楽しさや根本的な意義を、より気軽に感じられるイベントやサークルの存在である。
その中から今回は、“都市型農的ライフスタイル”を提唱し渋谷界隈を中心に活動を展開する「URBAN FARMERS CLUB(以下、UFC)」を紹介しよう。
大震災の教訓から生まれた日本版「キャピタル・グロース」
渋谷駅南口から徒歩5分ほど。かつて東急東横線が走っていた渋谷川沿いの線路跡地にオープンした複合施設「渋谷ストリーム」と「渋谷ブリッジ」は、生まれ変わっていく渋谷を象徴するかのような存在である。

その敷地内に「畑」がある、と言われてもピンと来ない人が大半だろう。もちろん、そこにあるのは、誰もがイメージするような畑ではない。見た目は、2.5m四方程度の区画を害獣や害虫避けのフェンスで覆った、大きなプランターといったところ。

これが、UFCが運営する「渋谷リバーストリートファーム」だ。このほか、恵比寿や原宿などでも形態は違うが同様の「畑」を、地域や企業などの協力を得て手掛けているという。

「都市生活者であっても、自分たちが食べる物を自分たちの手で育てることが当たり前になる社会になったらいいよね、というのがUFCのコンセプトです」(NPO法人アーバン・ファーマーズ・クラブ代表理事 小倉 崇さん)。

東日本大震災の影響で、都会のスーパーから食品の姿が消えてしまったことに、深い哀しみと強い不安を覚えたという小倉さん。
2012年のロンドン五輪開催を機に、2012カ所の市民農園を都市部に開設し、現在ではロンドン都市部で年間80t以上の野菜を生産するまでに至った『キャピタル・グロース(Capital Growth)』などの先行事例を参照し、2017年からUFCの活動をスタートさせた。
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主旨だけを抜き出せば、だいぶん“硬い”印象になってしまうUFCだが、実際に行われている活動はかなり緩やかだ。
「『キャピタル・グロース』にならって、2020年までに2020人のアーバン・ファーマー(市民農家)育成と2020カ所のアーバン・ファーム(市民農園)開設を目標としているんですが、ちゃんと管理をしているわけでもないので、すでに正確な規模が把握できない状態になってるんですよね(笑)」(小倉さん)。

というように、そもそも組織としての体裁すらふんわりとしたものだ。活動への参加資格は基本的に、メンバー登録の手続き(参加費1000円)を済ませた会員。しかし、オープンなイベントに参加するなどして、小倉さんのコンセプトに共鳴した人も、UFCが考える「アーバン・ファーマー」になれる(可能性を持っている)。
また活動自体も、UFCが運営する「畑」での共同作業に限定されるわけではないのだという。

「渋谷や恵比寿にある『畑』は、あくまでも活動の拠点。ここで一緒に農作業をすること自体が目的ではありません。なぜなら、太陽と土と水があれば、都会のどこでも野菜づくりができるから。一緒に『畑』の管理をしたり、土づくりや野菜づくりについて学んだりすることを通じ、家庭の庭やベランダで、自分たちが食べる野菜を、自分たちの手で育てるアーバン・ファーマーを増やしていくことが、我々にとっていちばんの目標なんです」(小倉さん)。
NEXT PAGE /試行錯誤も共有しながら、メンバー全員で畑仕事を楽しむ
小倉さんの言葉どおり、今回取材させてもらったUFCの活動風景は「渋谷で畑仕事を一緒に楽しむ」というユニークさ以上に、ちょっとした園芸サークルのような趣となっているのが印象的だった。

まずは、この日集まったメンバーに向けて、小倉さんが現在の『畑』の生育状況などについて説明する。
「野菜づくりに関心を持った当初は、僕もみんなと同じで、知りたいことが何かもわからない状態だったわけで。たまたま少しだけ先行している立場としての体験を直接伝えることで、実践への道筋を示してあげることができれば、という感じで話していますね」(小倉さん)。
土づくり、種まき、そして水やりなど。すべて自分でやってみなければ、野菜づくりの難しさや楽しさは理解できない。この日、主に初参加となるメンバーを対象に行われた、小さなコップの中で野菜を育てる「マイクロファーミング」体験は、まさに自分たちが食べる野菜を自分たちの手で育てる、アーバン・ファーマーへの第一歩だ。

「最初のうちは、失敗の繰り返しなんです。でも、その過程から『どうすれば上手に育つのか』という興味がわいてくるし、店先に並んでいる野菜たちが、どれだけの工夫や苦労によって育ったのか理解できるようにもなる。やっぱり体験って大事なんですよ。何より、自分の手を動かすことって楽しいものですし」(小倉さん)。
こうした体験を通じ、食への関心を高めたメンバーたちが、野菜づくりに留まらず「味噌部」のような、派生した部活動を続々と立ち上げているとも。
食べること、つくることを軸とした“つながり”が、どんどん拡がっているというわけだ。
NEXT PAGE /食べるものを自分で育てる。生きるためのサイクルを体験して楽しもう
当日の活動を締めくくったのは、『畑』で採れた野菜を用いたサンドイッチの試食だった。といっても、より良い生育を目指すために“間引き”した葉が使われているところがポイント。

いわゆる「間引き菜(つまみ菜)」と聞けば、その味が気になるところだが、いざ食べてみれば、まったくもってデリシャス。摘みたてならではの瑞々しさと、心地良い苦みを堪能することができた。

「生きるためには食べなければいけないし、食べるためには育てないといけない。とてもシンプルなことなんですけど、都会で生活をしていると、そのサイクルを忘れがちになるもの。食べるものを育てるための過程をすべて体験できるのも、アーバン・ファーマーの魅力といえるかもしれませんね」(小倉さん)。

自分たちが食べる野菜を自分たちの手で育てる。“農業”といってしまえば大げさに聞こえるかもしれないが、実は都会の中でも、気軽に実践することは可能なのだ。まずはコップ一杯の菜園からでも十分。
玉井俊行=写真 石井敏郎=取材・文