人気ブランドのデザイナーが始めた、新たな服づくり。そう聞くと、何とも華やかだが、当の石川さんの顔には、どこか影がある。
「今の日本でこれをやるのは反体制だと思っています」
石川さんは無類のコーヒー好きで、それが高じてコーヒーとチョコレートの店を開いたほど。「既に店は閉めましたが、そこでは豆はフェアトレードで、カカオはオーガニックのものを使っていました。調べてみると、食の世界では1980年代から世界的にそういう考え方が生まれていた。でも、僕の本業の洋服では、それが全然できてないじゃないかと思ったんです」。
それからは、自身のブランド、マーカウェアでもオーガニック素材を積極的に使い、原料の出所にも意識的になっていったという。しかし、既に仕立ての良さや大量生産のアメリカンヴィンテージに根ざした服づくりで定評のあったブランドでは、サステイナブルへのこだわりは伝わりにくかった。そんなジレンマを長年抱えた結果、石川さんが今年設立したのが、サステイナブルなものづくりに特化したブランド、テクストだ。
「このブランド名にはテキスタイルやテクスチャーへのこだわりと、1着の服にまつわるコンテクストとか、そういう意味を込めています。いちばん重視しているのは服の裏側にあること。それをちゃんと伝えていかないといけないと思ったんです」。
石川さんの言葉の端々から、どこか焦りにも似た感情が垣間見える。

「実は食よりも洋服の世界のほうが危険です。サステイナブルにはいろんな側面がありますが、重要な要素に環境問題と人権というのがあって。ファッションって、その両方でワースト2位の産業なんです。環境問題ではエネルギー産業の次に、雇用なんかの人権問題については性産業の次に劣悪だとする統計もある。水や薬品を大量に使うし、不当な低賃金で働かされている人も多い。もう、知らないふりはできないですよね」。
誰でも最初は、洋服の見栄えに興味を引かれるもの。でも、いい大人なら、もっと深くにある事情にも目を向けるべきだと石川さんは言う。
「僕、ファッションはリベラルだったり、反体制だったりするからこそ面白いと思うんです。昔は洋服も音楽も、好きな人たちは反体制の精神を持っていたし、誰もが中高生だった頃、そんな彼らに憧れていた。だけど、今はそうじゃない。
今、国内の繊維業界は疲弊しきっていて、工場もどんどん潰れている。だけど、かつての発展途上国に後れをとりつつある日本では、海外では当たり前になり始めたサステイナブルという考え方に触れる機会があまりにも少ない。今の日本でサステイナブルなことをやるのは、僕は反体制だと思っています」。

覚悟すら滲ませて熱弁する新ブランドの始動。だがそのコレクションは打って変わって寡黙でクール。従来のオーガニック製品から連想するおとなしいイメージは微塵もない。
「食でも美味しさが大切なのと同じで、洋服も格好良くなきゃ意味がない。いくら体に良くても、不味いものは毎日食べられないですからね」。
以前から頻繁に工場へも足を運び、世界各地にいる原料の生産者とも信頼関係を築いてきた。「正直、服づくりをするうえでは制約だらけ。サステイナブルの視点で考えると、使える素材なんて多分全体の1%もないと思います。
染料はいっさい不使用!地球に優しい天然の黒

全体の数%にしか満たないという稀少種、ブラックアルパカを使ったタートルネックニットは、この深みにして無染色というから驚きだ。「繊維の細さはカシミヤ並み。ですがカシミヤのふんわりとした質感とは違う、独特のぬめり感が魅力。肌に触れるととても気持ちいいんです」。
製法は王道ながらも素材選びは斬新

和歌山の老舗工場で作られる、昔ながらの吊り編み仕立てのスウェット。「素材はペルー・アマゾンで育てられたブラウンコットン。白い綿花も混ざっているので、メランジのような表情。肌に触れる裏側にはアルパカを使いました」。
自然生まれの高機能素材、ウールを侮るなかれ

着丈に前後差をつけたシャツはどちらを前にしても着られる2-WAY仕様。ボタンが背面に来る際は、襟を立てる仕組み。「アルゼンチン産のオーガニックウール製で、敏感な日本人の肌にもストレスフリーな極細の繊維が特徴。素材自体に防臭・抗菌作用があって、家庭で洗えるよう防縮加工を施しています」。
赤耳とクリースの両立が、高い技術で実現

何度も染色槽に浸けるデニムのロープ染色。
鈴木泰之=写真(静物、取材) 菊池陽之介=スタイリング 髙村将司、今野 塁=文 川瀬拓郎=編集・文