「看板娘という名の愉悦」とは……
梅雨が明ける気配は一向にない。今にも降り出しそうな空の下、会いに行ったのは前回に続いて離島出身の看板娘。
店の名前は「新橋二丁目九番地 らんたん」。烏森を照らす「ランタン」でありたいという意味もあるが、一方で角ハイボールのCMで井川遥がママを務める店の名もBAR Lantern(らんたん)なのだ。

なかを覗くと看板娘の姿。店は16時から営業している。

壁のメニューに目をやると「カラス森ハイボール」という文字が飛び込んできた。

看板娘が言う。
「シェリー樽で5年寝かせた特製の麦焼酎を使っています。味も香りもウイスキーそのもので、言われないと焼酎だとわかりません」。
お値段600円。いただきましょう。
看板娘、登場

三宅島出身の杉山直実さん(30歳)。今年1月のオープンとともに、新米女将として働いている。

これらを作るのは若き料理長の大住 圭さん(23歳)。休日は、近所の小さな公園で音楽を聴きながらたそがれるというナイスガイだ。

注文したのは「穴子カツ」(990円)、「杉山家のアジの南蛮漬け」(440円)、「大住家の煮しめ」(440円)。あとの2品は両家の“おふくろの味”を再現したものだ。

さて、直実さんは東京の離島・三宅島で生まれ育った。
「島には『牛頭天王祭』というお祭りがあるんですが、毎年帰ってお神輿を担いでいます。今年は残念ながらコロナの影響で中止になっちゃいました」。

三宅島といえば2000年の火山噴火が記憶に新しい。当時、直実さんは10歳だった。
「全島避難指示が出て、島の子供たちはあきる野市に移り住みました。廃校直前の秋川高校の寮が空いていたんです。授業も寮の中で受けて、休み時間は支援物資として届いた一輪車を乗り回していましたね(笑)」。
半年後、両親が受け入れ準備を整えた都営住宅に呼ばれたが、「もうちょっといたい」と駄々をこねたそうだ。

「仲が良かったクラブバーのイベンターさんにお願いして、お昼のイベントに制服で参加したときの写真です。1時間ぐらいDJをやらせてもらって、宇多田ヒカルやモーニング娘をかけてみんなで熱唱しました(笑)」。
そのまま東京音大のピアノ科に進学。本格的にクラブ遊びにハマり、六本木の「alife」や「VANITY」などに通った。

大学卒業後はレコード会社に就職したが、数年後に家業を手伝うために三宅島に帰る。
「観光協会でもアルバイトをしながら、半年ぐらい実家で暮らしました。東京に戻った今でも『三宅島応援隊』という団体に所属して、物産展やPRイベントなどで島を盛り上げています」。
竹芝桟橋で行われる「東京愛らんどフェア 島じまん」にも毎年参加していたが、やはり今年はコロナで中止になった。

そんな直実さん、じつはYouTuberでもある。チャンネルは音楽ネタがメインの「ジョン・ピーチchannel」と、「らんたん 」や新橋の情報を発信する「ナオミと飲みましょ」の2つ。

新橋のSL広場にはこの道48年という靴磨きの名物おばあちゃんがいるが、「らんたん」の店内で彼女にインタビューした動画は必見だ。

「幸子さんが長年靴磨きをしている場所が新橋二丁目七番地。お店の名前に『新橋二丁目九番地』と入れたのは、彼女のように長く続くお店になりたいという思いも込められています」。

内容はコロナ自粛期間のランチ営業の様子や、新たに始めるボトルキープのお知らせなどだった。
「おトイレが1個なので、混んでくるとどうしてもドアの前で空くのを待つことがあります。そんなときに読んでもらえたらと。席に戻ったときに私たちとお話しするネタにもなるし」。

店のBGMは懐かしの歌謡曲やポップソングが中心。オーナーが作った「お酒が進む曲リスト」からランダムで流れる。

カウンターの端で静かに飲んでいた常連客に直実さんの印象を聞いてみた。
「なんと言っても笑顔がいい。あと、また来たくなる接客なんですよね」。

お酒とお酒の場が大好きだという直実さん。

最後に読者へのメッセージを。

【取材協力】
新橋二丁目九番地 らんたん
住所:東京都港区新橋2-9-12 蟹江第二ビル1F
電話番号:03-6206-1516
https://twitter.com/NaomiOsake
「看板娘という名の愉悦 Vol.112」
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。
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石原たきび=取材・文