会社へのアクセスを考えなければならない。家族の意見も反映しなければならない。
だが思い返してみてほしい。大前提は「自分好み」だったはず。
熱意と工夫で「何も犠牲にしない」家を建てた男。彼の家に対する思いはどこまでもまっすぐで、正直だ。
人に快適な気候は、家にとっても快適だった
ひと口に八ヶ岳というが、その範囲は広大だ。北は蓼科から南は清里まで。
八ヶ岳連峰の東面を望む長野県南佐久郡川上村は、距離的にはどちらかといえば秩父山塊のほうが近い。クライミングの聖地である小川山や瑞牆山への登山口として、アウトドア好きにはよく知られている村といえよう。
標高約1500m。小口大介さんのセカンドハウスは、シラカバとミズナラが自生する森の中にあった。

「標高も高いですし、当然ながら冬は寒いです。でもこの地域は冬の晴天率が高く、雪は降りますが豪雪というわけではない。
1988年竣工の中古物件。だがそこまでの年数が経過しているとは思えないほど、建物のコンディションがいい。人が過ごしやすい気候条件は、建物にとっても負担が少ないということなのだろう。
「購入時に内部はリノベーションされていたので、すぐに使える状態でした。こぢんまりしているけど部屋数も多い。もともとの作り方が上手なんですよね」。
2階建てで建築面積は40坪弱だから、建物自体は決して大きくない。しかしながらキッチン、ダイニングおよびリビングのほか、独立した6室の部屋を備えている。
古いけど清潔感がある。古いからこそ落ち着く。

「敷地はそのまま自然の森で、シラカバが生えています。僕は北海道の生まれでシラカバはとても身近な木だったんです。ひと目で気に入りました」。
葉を落とした休眠期の森は見晴らし抜群で、カラリとした気候と相まってどこまでも爽快である。間もなく雪が降るだろう。山が雪化粧を纏えば、それこそ神々しいほどの美しい景色が広がるに違いない。
自然豊かな場所にセカンドハウスが欲しかった

小口さんは大手アウトドアブランドに20年以上勤務したのち、2016年に独立。現在はフリーランスのプロデューサーとして、さまざまな企業、団体、自治体が企画するプロジェクトに携わっている。
「プロデューサーというと正体不明の響きもありますが、それ以外に表現のしようがないんですよ。自分としては“なんでも屋”だと思っています(笑)」。
阿寒アイヌの文化交流イベントから新規オープンするホテルのアートキュレーションまで、その仕事は実に多彩。

独立以来小口さんは、首都圏と北海道を行き来する生活を続けてきたわけだが、今このタイミングでセカンドハウスを、それもここ川上村に求めた理由は何だったのだろうか。
「会社員時代から自然豊かな場所にセカンドハウスが欲しかったんです。子供の頃からスキーやキャンプに親しんでいましたから。フリーランスになったときに“夏と冬は2週間休みをとる”と決めたことで、本格的に家探しを始めたんです」。
しかしながら昨年来のコロナ禍により風向きが変わる。そこで小口さんが決意したこととは。
後編に続く
HOUSE DATA
竣工:1988年
構造・規模:木造亜鉛メッキ銅板葺き・地上2階
敷地面積:1348㎡(約407坪)
建築面積:127.7㎡(約38坪)
設計:川上村、シンカイ
間取り:日当たり抜群で風通しの良い斜面に立つ、2階建ての6LDK。1階にはキッチン、ダイニング、リビングおよび客室が2部屋。2階に客室4部屋となる。地下部分と軒下に収納スペースがある。
清水将之、山本雄生、川崎一徳=写真 加瀬友重=文