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OCEANS’s PEOPLE ―第二の人生を歩む男たち
人生の道筋は1本ではない。志半ばで挫折したり、やりたいことを見つけたり。

これまで歩んできた仕事を捨て、新たな活路を見いだした男たちの、志と背景、努力と苦悩の物語に耳を傾けよう。三田紀房は大学卒業後、百貨店勤務を経て経験ゼロから30歳で漫画家デビューを果たした。そして当代きっての売れっ子のひとりに。その人生、いったい何があったのか。

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大ヒット漫画家・三田紀房が30代に伝えておきたいこと


物語を作るうえで大切なのは「今」

三田さんにとって、漫画はリスクの低いビジネスだという。とくに百貨店に勤務し、実家の洋服店を経営したからこそ痛感する。洋服店を営んでいた時代、毎月毎月悩まされていた「仕入れ」が一切ない。すべて“自社製造”の商品を売ることができるから。しかも売れるまで店頭に並べておく必要がない。それはすでにオーダーされたもので、作れば売れることが決まっていて、即現金を得ることができる。

今、キャリア30年にして漫画を描いていくうえでの、三田さん独自のメソッドは「商品設計」と「生産システム」の確立。「これは三田紀房の作品である」ということが認知される“型”のようなものができていれば、作品は走り出す。

「キャラクターがいて、その人が何を目的として動いていくのか、何をする人なのかっていうのが明確になっていれば、僕の場合、漫画は約8割できたも同然です。

『クロカン』は“三流野球部の高校球児を甲子園に連れて行って全国制覇する”という流れ。『ドラゴン桜』は“落ちこぼれの高校生を東大に合格させる”ということ。そういう目的と話の流れができれば、あとはどんな『生産システム』を採用するか。だからこそ、今やっている『ドラゴン桜2』みたいな外注でも成立するんですよね。こちらから設計図を送ればどんどん漫画になって仕上がってくる。その分、始める前には、いわゆる“工場の生産ライン”にあたる部分をどんなふうにつくるのかを、しっかりと決め込んでいないといけないですけど」。

アイデアは重要ではない、ともいう。あたかも桜木建二が見開きの大きなコマで力強く主張しているかのようなひと言。三田さんの場合は、終始笑みをたたえながら静かに話してくれるので、キャラ的にはまったく相反するのだけれど。

「最初にも言いましたけど、僕、構想は一切しないタイプで、この先何週かのことぐらいしか考えていないですから。ホントその時々ですね。ずっと先のことを考えてもその通りになるかはわからないし、そうならなければ考えるだけ無駄でしょ(笑)。

時代も世間もトレンドもどんどん変わっていくから、その都度その都度気になることを取り入れていったほうがいいと思っているんですよ」。

だからこそ、読む側のリアルな今の気持ちに響くのかもしれない。ちなみに作中で主人公たちが強く主張している言葉は、三田さん自身の主張なのだろうか?


インプットはしない。でも響いた言葉は即使う

大ヒット漫画家・三田紀房が30代に伝えておきたいこと
『ドラゴン桜2』1巻(C)三田紀房/コルク

「だいたいそうですね。普段からなんとなく思ってることを言わせるケースは多いですね。ただ、この言葉はライフネット生命創業者の出口治明さんにインタビューしたときにおっしゃってたひと言ですね。そうだよなあ、いいなあと思ったんで書かせてもらったんです。“機能的に生きたい”って、なんかすごくかっこいいなと思って。でも、インプットしようと思ってインタビューしたり取材することはないですね。誰かにお会いしてお話をして、いいなと思ったら結構使っちゃいます(笑)。あのね、成功した人ってだいたいみんないいことを言うんですよ。よく“なるほど!”って思わされる。

だから、そういう方とお会いしたときにはなんかかんか持って帰る感じですね。せっかく会うんだから無駄にはしたくないですし」。

大ヒット漫画家・三田紀房が30代に伝えておきたいこと
『ドラゴン桜2』2巻(C)三田紀房/コルク

「これはそうじゃないですか? みんなだいたいそう思ってるのに言わないんですよね。お金があって体が健康だったらみんな幸せじゃないですか。どっちかが極端にあってどっちかが欠けていたら、全然そうじゃないですよね? だいたい世の中で起こるケンカの9割は金が原因なんですよ。だいたいのややこしいことは、そこにお金があれば解決すると思っています(笑)」。

お金が欲しくて始めた漫画業。その後、作り手としての充実感も得られて映像化も次々実現し、なお今、週刊連載2本をこなしている。今、漫画を描いているモチベーションとは一体なんなんだろうか。

「今は関わっている人がすごく多くて、ひとつの作品がプロジェクト化しているので、全員に対する責任が大きいんです。僕はいわば司令塔。周りの人たちとの協調をどう保って、その作品をどれだけしっかり作っていかに成果に結びつけるか。

周りに対する責任を果たす、というのがひとつのモチべーションかもしれないですね。僕が、“次はこの作品をやりたい”って言い出したら、コルクとか講談社とか多くの人が関わってくることになります。作品を成功させてそういうみんなをハッピーにしたい、ということはものすごく考えていますね」。

自分ひとりで自由に動かしていけるから始めた漫画の世界だが、今や洋服店の頃の規模をはるかに超えて多くの人に関わるビジネスと化しているのだ。でも、三田さんにとってその責任はプレッシャーでもストレスでもなくモチベーション。


漫画を描いていくなかで実現したいこと

そしてもうひとつ。「コルクの社長っていうのが、僕の初代担当みたいなものですからね。彼を成功させないと、コルクのようなビジネスの後続が出てこないと思うんです」。

作家の側に立って、作家の利益を追求しながら、より良い作品を模索していくエージェントというビジネス。

「それは非常に必要だと思っています。コルクが成功しない限り同じようなビジネスをする人は出てこないでしょう。だからずーっといい話題を業界に提供し続けたい(笑)。

社員増えた、広くていいオフィスに引っ越した……みたいな。このビジネスをやる人がもっともっと増えると、作家にとっても作品にとってもプラスだと思うんです。彼がうまくいってくれないと、きっと将来的に僕自身が困ることになるんですよね(笑)」。

大ヒット漫画家・三田紀房が30代に伝えておきたいこと
(C)三田紀房/コルク

学費ゼロ、素晴らしい人材を輩出し続ける名門私立中高一貫校の運営が、実は生徒たちの投資によって成り立っていた……という設定で、日本人の経済観を問い、投資のイロハをレクチャーしてくれる『インベスターZ』、コルク設立以降三田さんが初めて組んで作った作品。現在、絶賛ドラマ放送中だ。

それはそうと三田さん、せっかくこうして取材に伺ったので、三田さん自身が出口さんから受け取ったみたいな、何かいいフレーズをいただけませんか? 読者である30代後半の男性に受け売りますので……。

「なるほど(笑)。結局は“どうしたいか”だと思うんですよね。40歳を目前にするなら、何かそろそろ目的をはっきりさせたほうが良いんです。別に現状からダイナミックに羽ばたく必要はない。家族と安定した平和な人生を歩むということであれば、それでもいいんです。大きなチャレンジをしたいというなら、それもまたいい。

“自分がどうしたいか”ということに関して自覚的にならないといけないのが、今の時代。40歳目前っていうのは家族とはっきりきちんと話し合うべきタイミングだと思います」。

今、今後のビジョンがないことは後々大きなリスクにつながっていくということだ。

「自分が何をやりたいかをはっきりさせないまま歳を重ねていくと、結構マズイですよ(笑)。家族に何の相談もなく、突然自分の判断で会社を辞めちゃったりしかねない。別に辞めてもいいんですけど、それがあなたの独断で、家族にとっての突然になってはいけないと思います。“これからどうしたいのか”ということをはっきりさせる。目的をきちんと見据えてそれを達成するために家族で協力していく。そういう体制を作る為の時期だと思います。実際、僕の知るなかでも予測不能の行動に出る40代って多いんですよ。そんな彼らはだいたいうまくいっていません。ともかく奥様と子供たちの同意を得ること。そこさえクリアになれば、転職でも海外移住でもなんでも思ったことをすればいい。家族もきちんと協力してくれるわけですからね」。

【Profile】
三田紀房
1958年、岩手県北上市生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、西武百貨店の入社。実家の洋服店の経営を経て、30歳の時に漫画家デビュー。代表作に『ドラゴン桜』『インベスターZ』『エンゼルバンク』『クロカン』『砂の栄冠』など。2005年には『ドラゴン桜』で第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。現在、「ヤングマガジン」にて『アルキメデスの大戦』、『モーニング』にて『ドラゴン桜2』を連載中。

稲田 平=撮影 武田篤典=取材・文

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