日本を代表する俳優でありながら、映画プロデューサーやバンドのボーカルまで務め、ときにはバラエティ番組で芸人顔負けの大爆笑をかっさらう孤高の存在、山田孝之。
彼が最近、本腰を入れて農業に取り組んでいるという話をご存知だろうか?
6月下旬、彼を訪ねに山梨県某所にある畑を訪問。
新プロジェクト「原点回帰」が目指すもの

今、農業を皮切りに彼が取り組んでいるのが「原点回帰」と名付けたプロジェクトだ。「帰長」である山田さんと一般募集で集まった「帰人」が、みんなで “理想の島”を作り出すべくスタートさせた。
農業はあくまでもプロジェクトの一環で、今後はエネルギーや衣服も含め、自給自足するためのあらゆる技術を学んでいく方針だという。
島ではアートビレッジを作る構想もあるそうだが、テレビやスクリーンの山田さんしか知らない我々としては、やや唐突な行動にも思える。

山梨の畑に到着すると、集まっていた「帰人」の中に山田さんの姿もあった。
この日はちょうど、原点回帰の畑に種が撒かれるというめでたい日だった。
10年以上放置されてきた畑を借り受け、土づくりから始めたのが今年3月。NPO法人「大地といのちの会」理事長の吉田俊道さん指導のもと、土壌を改良して微生物の住環境を整備し、雑草を大量に運んで畑に畝を作った。
ちなみに、吉田さんは生ごみや雑草を使うことで、誰でも簡単に有機農業を実践できる方法を編み出した人物。“菌ちゃん先生”としても知られる、その道の第一人者である。

山田さんが、さっそく畑の話をしてくれた。
「大量の雑草を土に入れてうまく水分調節をすると、糸状菌(しじょうきん)という菌が繁殖するんです。
ファイトケミカルが発生した野菜って、めちゃめちゃ強いんですよ。虫が食べても分解できない。なので、虫が付きにくい。だから農薬を撒く必要もないという、菌ちゃん先生が体系化した自然農法で僕らはやっています」。
自然農法にこだわるキッカケは子供の存在だった

この日、畑に植えられた種は、山田さんの大好物のパクチーを始め、オクラやトウモロコシ、キュウリなど。すべて、埼玉県の「野口のタネ」から購入した固定種のみを使用しているという。
我々がスーパーマーケットなどで目にする野菜の多くは、“F1種”と呼ばれる種でできている。かたや固定種とは、日本の農家が昔から育て採種してきた種のこと。しっかりした味がして美味しいという声や、F1種のように品種改良されていない分、安全性が高いと見る向きもある。
「昔ながらの野菜を食べてみたいし、日本古来の種を守ることにも繋るので、僕らの畑では固定種にこだわった野菜だけを育てる予定です」。

そもそも、自然農法や固定種にこだわるようになったのはなぜか。
「子供が生まれてから、口に入れるものの安全性を気にするようになりました。

子供の影響でオーガニックの野菜や食品を選ぶようになったという山田さんだが、東京には、無添加や無農薬をウリにした小売店やレストランも多い。
全国の農家から野菜を取り寄せられる宅配サービスも充実しているし、自分でわざわざ野菜を育てる必要もないように思える。それでも畑に足を踏み入れたのはなぜか。
「もともと10代の頃から自給自足の暮らしには興味がありました。世界でもいろいろなことが起きて、今まで当たり前だったことが当たり前じゃなくなった。それを目の当たりにした経験が決定打だったかもしれません」。
それに、と山田さんは続ける。
「農家の方たちが高齢化している現状もありますよね。プロの知識や技術を学ぶのは今しかないかもしれない。
ネガティブをしっかり受け止めて、ポジティブに変える

「原点回帰」を深堀りする前に、山田さんの人生の流儀のようなものに触れておきたい。
この日は農家の顔を見せた山田さんだが、誰もが知る俳優業はもちろん、プロデューサーになったり、歌手になったり、本を書いたり、さまざまなジャンルへ次々と踏み出し、しかも活き活きとチャレンジしている様子は、傍から見ていると自由気ままで掴みどころがない。
しかし話を聞くうちに、点と点がつながって線になるような、山田さんの行動原理の核心部が見えてきた。

「俳優の仕事って、『今日から来なくていいよ』と言われたら、それで終わりなんですよ。退職金もないし、保険もないし、保障もない。つまり、あってないような職業なんです。一般社会では通用しない契約の中で僕らは仕事をしていて、そういう体制についてたくさんの人が文句を言っている。僕もずっと言い続けてきました。
だけど、その体制はこれからもずっと続くことがわかった。じゃあ僕は俳優を辞めるのかと聞かれたら、多分、辞めない。僕はこの仕事に魅力を感じているから。

2019年に公開された映画『デイアンドナイト』で、山田さんは初めてプロデューサーとして裏方に徹した。資金調達や脚本会議への参加、ロケ地の交渉やキャスティングすべてに関わり、かねてから文句を言っていた“体制”側に自らが回ってみたのだ。
「制作側にも制作の考えがあり、意見があるはず。だったら、自分がそっち側に立ってみて、プロデューサーの苦労を味わってみようと思ったんです。やってみたら、まぁ辛かったですね(笑)。プロデューサーの苦労が身に沁みてわかりました。でも、だからと言って、プロデューサーが俳優の辛さを知らなくていいわけでもない。
僕がプロデューサーのときは俳優の気持ちが汲めるし、俳優の気持ちをスタッフに伝えることもできる。その現場が良かったって感じてくれる俳優がいたら、次の現場では、自ら何かアクションを起こしてくれるかもしれないですよね。
自分ひとりじゃ無理だけど、みんなが自分で動いていけば環境は良くなるはず。そう思って僕はやっています」。
〈後編に続く〉
「原点回帰」第二期帰人の募集スタート!

佐藤ゆたか=写真 ぎぎまき=取材・文