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2020年に開湯1300周年を迎えた兵庫県北部の「城崎温泉」。平安時代以前から知られる温泉街で、浴衣姿で7つの外湯を巡る「外湯めぐり」が名物だ。
そんな歴史ある温泉街も、コロナ禍では休業を経験し、一時は街から浴衣姿も下駄の音も消えてしまった。現在は、兵庫県の「ふるさと応援県民割」の効果もあり、11月ごろから客足が戻ってきている。

この追い風に乗って城崎温泉を全国に広めようと立ち上がったのが、大阪のバッグブランドのmaster-piece(マスターピース)。城崎温泉のある豊岡市に自社工場を持つという縁もあり、若手経営者の集まりである「城崎温泉旅館経営研究会」に声をかけて、温泉体験のきっかけづくりにもなるコラボバッグを制作した。
「YUMEGURI BAG(湯めぐりバッグ)」という名の通り、着替えやタオルなどの持ち運びに適した防水バッグで、浴衣にも普段着にも合うデザインだ。最大の特徴は、城崎温泉の「外湯めぐり1日フリーパス交換券」(有効期限5年間)が付いていること。バッグ購入後の来訪につなげる仕掛けだ。
サウナや銭湯ブームに続け
約80の宿を有する城崎温泉には、30~40代を中心に老若男女が訪れるが、最大の特徴は、他の温泉街に比べて学生を中心とした若年層が多いこと。
「浴衣に下駄」が外湯めぐりの“正装”になっているので、浴衣姿の外出も気がねなく楽しめ、写真撮影もできるからだ。木造3階建ての旅館や土産物店が連なる風景もSNS的に“映える”と人気だ。

ただ、アクセスの悪さという難点がある。
城崎温泉旅館経営研究会の会長で、旅館「泉翠」代表取締役の冨田健太郎は、「最近は若者の間でサウナや銭湯が流行っているので、城崎温泉との接点をつくることができれば興味を持ってもらえるのでは、と考えていました」と話す。


「コロナ禍なので、こちらから『城崎に来てください』と声を大にしては言いづらい状況。我々も、どうしたらアピールできるだろうか? と模索していました。なので、カバンを通して、関東圏を中心とした多くの方にPRにできるというのは、素晴らしい案だと思いました」
そこで、研究会に所属する若旦那たち約20人を集めてプロジェクト化。マスターピースが制作したデザインをベースに、温泉宿で貸し出している“カゴ”をイメージして、サイズ感や色などを決めていった。

バッグは、フェイスタオル1枚で湯巡りをする人向けのSサイズと、バスタオルも入るLサイズの2サイズで展開。カラーは、黒・ネイビー・サックス・ベージュの4色と、城崎温泉限定販売の「コウノトリカラー」(黒・赤・白)を用意した。
側面にはマスターピースと城崎温泉のダブルネームタグが付いているほか、付属品として、一番に外湯を訪れた入浴客に配られる「一番札」をモチーフにしたレザーのパスケースもつく。一番札は転売問題などの影響で今年3月に廃止されたため、記念の意味も込めてデザインしたという。このパスケースの中に、「フリーパス交換券」が入っている。

1カ月で1200個がほぼ完売に
今回マスターピースがコラボを申し出た背景には、方針の転換があった。同ブランドは昨今のアパレル不況を背景に、2020年秋に「BAG LIFE(カバンのある生活)」をキーワードとして掲げ、ファッションだけでなく“日常生活”に馴染むバッグを企画する方針を打ち出した。
その際、古家幸樹がディレクターに就任。新しいブランドの方針を打ち出した古家は、温泉はもちろん、サウナや銭湯など「お風呂に入る」という日常的な行為に寄り添うカバンをつくろうと考えた。加えて、もともと城崎温泉のファンだったこともあり「観光地とコラボをすることで、街づくりにも貢献できるのでは」と思い付いたという。
「湯めぐりバッグ」は、従来のスタッフバッグをベースに、湯めぐりの際に便利な止水性ファスナー付きのフロントポケットを配置するなど、マスターピースが得意な“機能美”を追求したという。
「旅舎やまとや」の若旦那・結城英和によると、温泉側のメンバーの中には“カゴの代わりになるカバン”という先入観があり、はじめにこのデザインを見たときは「想像していたものと違う!?」と驚きの声が挙がったという。
「でも、日常生活にも馴染むデザインなので、とてもいいなと思ったんです。例えば、このカバンを持って別の温泉や銭湯に行っていただき、“お風呂に持っていくバッグといえばこれ”といったカルチャーができれば面白いですよね」(結城)
主な販売チャネルは、マスターピースのECサイトと直営店(国内19店舗、台湾4店舗)、城崎温泉の一部の土産物店だ。そのほか、マスターピースと取引のある海外のセレクトショップでも少し取り扱いがある。10月29日に発売したところ、そのデザイン性の高さとコンセプトのユニークさで注目され、約1カ月で1200個がほぼ完売となった。
「ファッションブランド以外とのコラボは稀なのですが、城崎温泉の皆さんとお話をしていくうちに、温泉街もひとつのブランドなんだと実感しました。結果的に、バッグブランドであるマスターピースと、“歴史のある温泉街”として有名な城崎温泉のブランドイメージをうまく融合させることができたかなと思います」(古家)
「城崎温泉」と「カバンの街」を同時にPR
実は、城崎温泉のある豊岡市は、カバンの出荷額全国1位の「カバンの街」でもある。同市のブランド「豊岡鞄」に認定されるには、厳しい審査に合格する必要がある。
ただ、これまで「城崎温泉」と「カバンの街」を連携してPRすることはあまりなかったと、同市環境経済部 大交流課の和田真由美はいう。
「豊岡市は観光産業に支えられている街です。私が所属する“大交流課”では、城崎温泉の“観光”と地元の産業との連携を進めて、観光客が地域の人と交流していただけるような機会を増やそうと働きかけてきました。今回のプロジェクトはその流れに沿った象徴的なモデルケースなので、市でもバッグアップしています」
市では国内外に向けてプロジェクトに関するプレスリリースを発信するなど、PR面でサポートしている。
和田はさらに、「城崎温泉は、30~40代の若い世代が先頭に立ってまちを盛り上げようと尽力しています。新しい価値観がどんどん生まれているからこそ、若い観光客にも支持されているのでは」と話す。
今回、バッグブランドとのコラボをしたことで、城崎温泉がファッション感度の高い若者の間でも認知されるようになった。本プロジェクトの推進にも深く関わった豊岡演劇祭実行委員会の田口幹也は「観光と地域の産業とをつなげる仕組みは、他のエリアでも活用できるはず。全国に広げていきたい」と意気込む。
コロナ後のインバウンド需要も視野に
城崎温泉の次の挑戦は、新型コロナウイルスが落ち着いた後のインバウンドの誘致。もともと、2012年から外国人観光客の受け入れ体制を整えて海外向けのPRに力を入れ、温泉に馴染みがある台湾を中心とした海外からの観光客も増加していた。
「海外のガイドブックには、主要な観光地として、大阪や京都と並んで城崎が紹介されています。
城崎は関東などでは「しろさき」と誤読される事もあり、「湯めぐりバッグ」に付けたタグを「城崎」ではなくローマ字表記の「KINOSAKI」とし、日本をはじめ世界中の方に馴染みやすくなっている。マスターピースで広報・販促を担当する福井優也は「バッグは、台湾をはじめとした海外でも販売しているので、来日いただけるきっかけになれば」と期待を込める。
バッグに付いてくる「外湯めぐり1日フリーパス交換券」の有効期限は2026年12月。それまでに果たしてどのくらいの購入者が城崎を訪れてくれるのか。プロジェクトメンバーたちは、心待ちにしている。
田中友梨=文 記事提供=Forbes JAPAN