「日本映画学校という映画の学校では、お笑いの授業が必須科目だったんですよ。誰かと組んで、授業中にネタを披露しなきゃいけなかった。僕は南原じゃない人と組もうと思ってたんですけどね、フラれたんです。で、その当時、一番仲良かったのはおそらく出川(哲朗)君だったんですけど、出川君とコンビを組もうとも考えなかったんですね。本能的な匂いで(笑)。それで南原は入江(雅人)と組んでたのかな、最初。どっちも我が強いですからね。うまくいかなくて別れて、結局俺と南原が組むことになった」
どちらが声をかけたかは覚えていないが、「ネタを俺が書いたのだけは今でも鮮明に覚えてます」と語る内村。そして、内海好江師匠の前でネタを発表したところ師匠にホメられ、『お笑いスター誕生!!』に出た彼らだが、なぜそのままお笑いコンビを続けることになったのか?
「(『お笑いスター誕生!!』の)1回戦にギリギリで受かったんですよ。5組中2組か3組残るっていうのにギリギリ残った。そこの分かれ目は大きかったですね。
そしてそのトーナメントで準優勝し、「次に優勝しなかったら解散しよう」と臨んだ大会で優勝して、今に至る彼ら。しかし優勝の喜びも束の間に番組が終わってしまい、デパートの屋上や遊園地などの営業生活が2~3年間続いたそうだ。
◆『クイック・ジャパン』vol.106(2013年2月12日発売/太田出版)