『風の谷のナウシカ』(1984年)の「The Legend of the Wind(風の伝説)」が東京ドームの空間全体を包み込んだ瞬間、観客の心は一気に物語の世界へと引き込まれた。

 指揮とピアノを一手に担うのは久石譲。
イギリスの名門・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(RPO)の重厚な演奏に、東京混声合唱団とリトルキャロル、さらにニューヨークから来日したブルックリン・ユース・コーラスの清らかな歌声が重なる。

 久石譲と宮崎駿(※崎=たつさき)。『風の谷のナウシカ』から始まった二人の創作の旅は、40年以上に及ぶ。『君たちはどう生きるか』(2023年)まで、全11作品の音楽を一貫して手がけてきた久石が、その軌跡を音楽でたどる「スタジオジブリ フィルムコンサート」。世界を巡ったツアーのファイナルが、7月16日と17日に東京ドームで開催された。オーケストラによる公演が東京ドームで行われるのは史上初。チケットは瞬時に完売し、総キャパシティ13万人に対して118万枚を超える申し込みが殺到した。その熱気は既に歴史的であった。

 『魔女の宅急便』(1989年)は短い組曲ながら、久石自身の編集センスと音楽構成により、物語を追体験できる仕立てに。続く『もののけ姫』(1997年)では、神聖な太鼓の音で幕を開け、メインテーマでは英・ガーディアン紙から「鍛え抜かれた鋼の強さとベルベットの優しいぬくもりを併せ持つ」と称されたソプラノ歌手、エラ・テイラーが澄んだ歌声を響かせた。

 『風立ちぬ』(2013年)では、マンドリン奏者マリー・ビュルーが繊細な音色で聴衆を魅了。『崖の上のポニョ』(2008年)では、可愛らしい主題歌が壮大な交響曲へと昇華された。


 東京ドームの天井には、作品ごとの世界観を映し出すライティングが曲に合わせて投影され、久石の音楽と映像、そして光が織りなす空間演出が、観客の想像力を刺激した。

 中盤にはサプライズ演出も。アリーナに登場したのは、陸・海・空の自衛隊による合同音楽隊、総勢約200名。ツアーファイナルのために集まったマーチングバンドが、『天空の城ラピュタ』(1986年)の音楽を演奏しながらアリーナを行進する姿に、観客は歓声を上げた。タイトなリズムと緻密な演奏には、演奏者たちの誇りと気概がにじんでいた。

 後半には久石のピアノソロが光る『紅の豚』(1992年)、『ハウルの動く城』(2004年)が続き、そして『千と千尋の神隠し』(2001年)ではボーカルの麻衣が登場。透明感あふれる歌声を披露した。彼女は『風の谷のナウシカ』で、ナウシカの少女時代の歌声を担当したボーカリストでもある。久石が「娘です、と紹介すると、海外ではすごくウケるんです」と茶目っ気たっぷりに語ると、会場は温かい雰囲気に包まれた。

 本編のフィナーレを飾ったのは、『となりのトトロ』。麻衣とエラ・テイラー、さらに合唱団が一体となって「トトロ トトロ♪」と歌い上げると、会場の一体感は頂点に。さまざまなルーツを持つ出演者たちが心を一つに歌い、演奏する姿は、それだけで平和そのものだった。
まるでトトロの魔法がかかったかのような、あたたかく幸せな時間が、東京ドーム全体を包み込んでいた。

 熱気が冷めやらぬ中、久石がアンコールに応え再登場。最初に披露されたのは、『君たちはどう生きるか』のメインテーマ「Ask Me Why」。世界でもほとんど演奏されていない貴重な楽曲を、久石のピアノを中心とした特別編成で聴けたことは、観客にとってまさにこの夜限りの贈り物だった。その後も『紅の豚』の「Madness」、『もののけ姫』の「アシタカとサン」と続き、音楽と感情が交錯する余韻を残しながら、ステージはゆっくりと幕を閉じた。

 映画で何度も観たはずの名シーンが、音楽とともに新たな色をまとい心によみがえった夜。久石譲とジブリが届けてくれたこの奇跡の時間は、これからも観客一人ひとりの中で生き続けていくに違いない。

 なお、17日夜の公演は動画配信サービス「Hulu」でライブ配信され、7月20日午後11時59分まで見逃し配信が行われている。視聴チケットは同日午後9時まで販売中で、価格は4500円(税込/要無料会員登録)。この特別な一夜を、自宅でぜひ味わってほしい。
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