会見の冒頭、進は「みなさん、たくさんの方来てくれてありがとうございます。9月11日に兄貴が亡くなりました。肺炎ですけども、いろいろとそれまでに病院で寝込んでました。兄は本当に今思うと、あんなにやさしい人はいませんでした。やさしくて、逆に頑固で。だんだんと兄貴の思い出が蘇ってきて、とってもさみしいです。こういう時が続くかと思いますが、お兄さんと僕は兄弟です」としみじみ。生前の関係について「すごく仲悪かったです(笑)。それは当たり前なんです。毎日会っているわけだから。そこからだんだんと成長していくんです」と笑みを浮かべた。
その後「となりにお兄さんがいるつもりで」として、「白いブランコ」を歌い上げると、最後は兄を思ってか、天を見上げた。
進は「白いブランコ」歌唱後の感想として「兄貴がとなりにいてほしいよ。やっぱり空気がつかめない感じ」と本音を漏らす一幕も。孝さんとの病室でのやり取りについて「『兄貴!』って言うと、ちょっと口上げて」としながら、看取ることはできたと明かした。その上で「たくさんあるな。『白いブランコ』で、デビューして、ヒットしましたね。芸能界っていうのは、簡単にヒットするんだなって勘違いしちゃって(笑)。一言で言っても、たくさんあるんでね。
ビリー・バンバンの冠は残すのかという質問には「僕は続けていきたいですね。声が出る限りは歌っていきたい」と意気込んでいた。取材にはそのほか、せんだみつお、渚まゆみも出席。せんだは「僕、実は初代のビリー・バンバンのメンバーなんです。ビリー・バンバンのおかげで、芸能界に入ることができた、大恩人なんです。あれから60数年の月日が流れて」としみじみと口にしていた。
ビリー・バンバンは、孝さんが進と結成し、1969年に「白いブランコ」でレコードデビュー。「ミドリーヌ」「れんげ草」「さよならをするために」などがヒットし、「第23回NHK紅白歌合戦」に出演した。
三和酒類「いいちこ」のCMソングも長く手がけ、「また君に恋してる」は、坂本冬美のカバーも話題となった。また、映画『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』の挿入歌に「ココロありがとう」が起用された。
孝さんは1944年8月7日生まれ、東京都国立市出身。