ピアノ、バイオリン、ビオラ、チェロによる演奏形態を“ピアノ四重奏”という。ピアノ、バイオリン、チェロによるピアノ三重奏は名人たちが奏でる丁々発止のアンサンブル、バイオリン2本、ビオラ、チェロによる弦楽四重奏は同一メンバーが熟成させた均質性が魅力の核となるが、ピアノ四重奏は両方の妙味を併せ持ったジャンルといえるだろう。

 名作も多々残されており、中でも代表作とされるのが、モーツァルトの2曲、シューマンの作品、そしてブラームスの3曲あたりだ。ただしブラームスの作品は、第1番が圧倒的に有名で、第2、3番は若干影が薄い。今回ご紹介するのはその第2、3番に光を当てたディスクである。

 演奏しているのは、クリスチャン・ツィメルマン(ピアノ)、マリア・ノーヴァク(バイオリン)、カタージナ・ブドニク(ビオラ)、岡本侑也(チェロ)の4名。1956年ポーランド生まれのツィメルマンは、75年のショパン・コンクール優勝後第一線で活躍を続け、2022年には名誉ある高松宮殿下記念世界文化賞も受賞している現代最高のピアニストの一人、ノーヴァクはポーランド祝祭管弦楽団、ブドニクはポーランドのシンフォニア・ヴァルソヴィアのメンバー、岡本は日本屈指の実力を誇る俊英ソリストである。

 この顔ぶれでは、世界的ピアニストのツィメルマンが当然中心とはなるものの、ポーランドの2人は近年彼と室内楽でも共演しており、岡本は世界に冠たるエベーヌ弦楽四重奏団のメンバーでもある。本作では、名手たちの競演とアンサンブルの達人たちの精妙な合わせという、室内楽の二つの魅力が見事に成就されている。

 第3番は、発想された20代の血気盛んな情熱と、改訂された40代の進化した技法が融合した、激情的で密度の濃い音楽。ツィメルマンは「第3番は大好き。素晴らしい曲で、とても力強い曲です。信じられないほどの勢いがあります」と語っている。

 その演奏は、各パートが生き生きと弾む第1楽章と第2楽章、叙情味が美しい第3楽章、両要素が融合した第4楽章と、各楽章の特質が対比効果を上げながら、絶妙な推進力と一体感が醸成されている。

 第2番は、やや温和で伸びやかな作品だが力強さも欠かせない。そうした難儀な音楽を、今回のメンバーたちは、美感と力感を両立させながら、溌剌(はつらつ)と、しかも味わい深く聴かせている。

 “室内楽の大家”ブラームスが本領を発揮したこうした作品は、ディスクでじっくり聴くと、生演奏では看過されがちなニュアンスを感じ取ることができる。その魅力を、生気に富んでいながらも滋味深いこうした演奏で、存分に堪能したい。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 22からの転載】

柴田 克彦(しばた・かつひこ)/ 音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。

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