家には家族の数だけ、輪島塗の器があるのが当たり前という習慣が根付いてきた石川県の能登半島。2024年1月の地震では、家屋の倒壊などで膨大な数の器も居場所を失った。
「使えるのに捨てられそうになっている輪島塗がたくさんある。どうにかできないか」。昨年9月、能登町で復興サポートにあたる知人夫婦から相談が舞い込んだ。その数、御膳にして3000人分以上。しっかりした技で細かな部分まで手がかけられ、手触りも質感もよい椀や皿を目の当たりに、桐本さんは「決して、簡単に捨ててしまえるものではない」と感じ、今の暮らしの中によみがえらせると決めた。
壊れても直して長年使い続けられるのは、輪島塗の伝統的な利点。しかし、桐本さんが挑むのは「Repair(修繕)」ではなく、よりよいものに生まれ変わらせる「Reborn(再生)」だ。家や土蔵から「Rescue(救出)」した器の傷んだ部分を修復し、研いで朱合(しゅあい)漆を施す、「透溜(すきだめ)」と呼ばれる伝統技法を使う。表面に現れる赤ワイン色のような深い色合いは、「都市部のモダンな家庭にもしっくりくるんじゃないか」。
赤ワインのような深い色合いが出る「透溜」、パール漆を施した「銀彩」シリーズとしてよみがえった輪島塗の椀や皿=8月1日、輪島市▽命を吹き込む塗師たち
黒の塗り物を、パール銀漆を使うなど変わり塗りを施して生まれ変わらせる「銀彩」シリーズは、斬新さとシックさが同居。塗師の小路貴穂さんが描く模様の一つに、「ひび」がある。
もう一人の塗師・今瀬風韻さんは、閉業した漆器店から引き取った盆をよみがえらせている。「輪島塗伝統の赤・黒ではなく、グラデーションのような差し色を入れてみようか」。現代の暮らしに合うよう、思案しながら作業を進める。「艶すぎず、マットでもなく、触るとしっとりする漆黒の質感」に引き付けられ、出身地の愛知から輪島に飛び込んだ今瀬さん。「漆の表現の幅を、多くの人に実際に触って感じてほしい」という。
愛知県出身の今瀬さん。震災後はしばらく故郷で仕事をした後、輪島に戻り、職人としての道を歩み続ける=8月1日、輪島市▽伝統が生む持続可能性
高い技術を持った先人が技を施し、代々大切にされてきた器をよみがえらせるのは、技を受け継ぎ輪島に生きる職人の思い。「もともとあった輪島塗の古くからのいいところを生かしながら、やったことがない新しいものが出来上がるんです」(桐本さん)。世界中で重要性が叫ばれる、持続可能な開発目標(SDGs)やサステナビリティー(持続可能性)にも通じる輪島塗のやり方を、「今の時代だからこそ、大きな価値として知ってもらい、良さを広めたい」という。
Rescue & Rebornは、汗だくになって運び出した漆器を選別、丁寧に洗うところから始まり、最終的によみがえらせられないほどの損傷のものも、もちろん存在する。体力も気力も必要で、「何をしているんだろうとも思うこともあるが、よみがえった器を見ると純粋に美しい。これは、生かす価値がある、と」。これからの能登、輪島、輪島塗もきっとよみがえり、前よりもっと良くなる。希望をつなぐプロジェクトだ。