※本稿は、林田絵美『自分に合った「働く」が見つかる 発達障害の人のための自分攻略法』(彩図社)の一部を再編集したものです。
■いつまでもタスクに手をつけられない「先延ばしトラップ」
いまはまだ集中できないから、やる気がみなぎってくるその瞬間まで待とう。
先延ばしをしてしまう人の中には、そんなふうに考える人が少なからずいるのではないでしょうか。
特に発達障害の傾向がある場合、「過集中モード」に入ると驚異的な集中力を発揮する人もいます。筆者も、この能力についつい期待してしまう人の気持ちはよくわかります。
しかし、この状態は自分の興味関心や緊急度に大きく左右されるため、「そのとき」がいつ来るのかを予測することは難しいです。その結果、いつまでも「そのとき」が訪れず、タスクが放置されてしまうことがあります。
また、発達障害の当事者の中には、興味があることとないことの差が激しい人も少なからずいます。興味がないタスクだから、先延ばししたい。そう思う気持ちはよくわかります。
そうした人でも、興味のないタスクに関心を持たざるを得ないときがやってきます。
このような状況を回避するためにも、「いつかみなぎってくるやる気」に依存することなく、タスクを進められるような対策を考えていきましょう。
■【攻略方法①】1個のタスクは「小さく始められる」単位で考える
先延ばしの根本的な要因の1つは、タスクの量や難易度に圧倒され、行動を始めるための具体的なイメージが湧かないことです。「どこから手をつければいいのかわからない」といった漠然とした不安感が、行動を妨げているわけです。
これは“やる気がない”というより、「やる未来が想像できないにもかかわらず、やらなければいけない現状に直面し、思考停止している」に近い感覚です。ならば、漠然とした不安感を最小限にすることができれば、「タスクに着手しなければ」という心理的負荷も、軽減することができるはずです。
漠然とした不安を小さくするには、「小さく始められるタスク」から手をつけることが効果的です。
小さく始められるタスクとは、すぐにとりかかれる、1回で完了可能なタスクのことです。
まずは図表1のようにタスクを分割してみてください。どのタスクから手をつければいいか、イメージしやすくなるはずです。
■【攻略方法②】「先延ばしアラート」に対応する
先延ばしをしたいという気持ちのことを、ここでは「先延ばしアラート」と言うことにします。
「先延ばしアラート」が出たとき、最も重要なのは、「自分の頭で考えることに頼らない」ことです。
先延ばしは、冷静に優先順位を考えた結果起こるのではなく、場当たり的なやる/やらないの判断によって起こることが大半です。
そこで防止策として、「先延ばしをしたい」という心のアラートが出た直後にやるべき行動を、事前に「定型化」することをおすすめします。Aという感情が湧いたらBという行動をとる、と行動を具体的に定型化することによって、場当たり的に行動を決定することを回避するのです。
以下のように、アラートの原因ごとに対処方法を用意しましょう。
やることがわからない場合
やることがわからないと、確かにその対象となるタスクは進められません。ただし、「やることがわからないときにできること」はいくつかあるはずです。
例えば「手元にある情報を確認すること」。誰かから指示されたタスクである場合、まずはその指示の文章を読み返したり、過去の同じような業務の記録を探したりすることはできます。行動を止めないためにも、「わからない」に直面したあとにどんな行動をとるか、パターンとして決めておきましょう。
やることは浮かんでいるが整理がついていない場合
着手する前に感じている不安や混乱は、もしかしたら作業を進めていくとその正体が明らかになってくるかもしれません。つまずいてるポイントを具体的に探すためにも、タスクのうちまずできるところから手を動かし始めましょう。
■【攻略方法③】不安・面倒・恐れの“正体”をいったん書き出す
やらなきゃいけないのに進まないとき、実は「怒られるのが怖い」「何か間違っていそう」というような、曖昧な不安が邪魔していることが、ままあります。こんな場合には、作業前に“不安の棚卸し”をするのが、手っ取り早い攻略方法です。
紙でもスマホでもいいので、「いま何が不安か?」「進めたくない理由って何かある?」 を5個くらい書いてみてください。先延ばしの原因となっているものを除去するのです。この作業もタスクの1つだと思えば、手をつけやすいかもしれません。まずはやってみることから始めましょう。
■永遠にタスクを完了できない「完璧主義トラップ」
当初に「ここまでできればOK」と設定した基準を、作業を進めるうちに引き上げてしまう。その結果、ゴールが遠ざかり続け、タスクが完了しなくなった。これが、完璧主義の人が陥ることのあるトラップです。
例えば、会議資料を作成する場合、最初に「これで完璧だ」と思った状態に達しても、次第に他の不足点が目につくようになります。
「ここも修正しなければ」「この部分も加筆が必要だ」と作業を追加した結果、修正が終わるたびに新たな課題が浮かび上がる。一度設定した完成ラインを自ら引き延ばすことで、作業が終わらないスパイラルに陥ってしまうのです。
新たな課題が目についてしまうのは、不安が原因であることがままあります。完璧主義の傾向がある人は、「こんな状態ではまだ見せられない」という不安から依頼主に途中報告ができず、タスクがフリーズすることも多いのです。
どこまでやればいいかわからなくなると、「こんな進捗状況だなんて、いまさら相談できない」といった不安感が募り、ますますタスクの完了が遠のいてしまいます。
■自分本位の“完璧”を依頼主は求めていない
仕事において、完成度の高さが求められる場面は確かにあります。しかし、完璧主義トラップが問題になる要因の1つは、自分が考える「完璧」と、依頼主が期待する「完璧」にギャップがあることです。
上司からスライド資料の作成を依頼された場合を例に、自分と上司の考え方の違いを比べてみましょう。
例えば、完璧主義の人の場合、「完璧」とは、誰が見ても誤解のない、デザインや表現の細部にまでこだわった見やすいスライド資料を作成することだと考えているとします。
一方で、上司は「完璧」かどうかを、内容の質や納期などの要素に基づいて判断しているかもしれません。
この場合上司からすれば、スライドが完璧にデザインされていても、納期に間に合わなければ依頼主の期待には応えられません。仮に相手の期待を超える資料ができたとしても、送付が遅れれば評価されるどころか、非効率と見なされてしまうのです。
■【攻略方法①】最初に依頼主と「どこまでやれば十分か」を決める
完璧主義トラップに陥りやすい人ほど、タスクの依頼主(例:上司やクライアント)と最初の段階で「タスクのゴールライン」を明確にしておくことが重要です。
「どこまでやれば十分なのか」をあらかじめ握っておけば、進捗途中で不安を抱くことも、修正したいと過剰に思うこともなくなるでしょう。
タスクを始める前に依頼主と「完成基準」を具体的に共有し、必要であれば途中段階で確認をもらうようにしましょう。
■【攻略方法②】「80%ルール」の採用
完璧主義トラップから抜け出すためには、最初から「100%完成させること」を目指さず、あえて「80%の完成度」でいったん手を止める習慣を身につけることが効果的です。
なぜ80%で手を止めるのか? それは、依頼主に確認するためです。80%の完成度に達したら、依頼主に途中報告を行って確認やフィードバックをもらいましょう。「8割ぐらいまでできたのですが、この方向性に問題はないでしょうか?」などと聞けばOKです。その後、必要であれば修正を加え、最終的に100%に近づけるかたちで進めます。
これにより、自分のこだわりすぎを防ぎつつ、相手の期待に沿った成果物を効率的に仕上げることができます。
完璧を目指すのは悪いことではありませんが、ビジネスの場ではある一点において完璧というだけでは、ゴールにたどり着けない場面も多々あります。
大事なのは、「ゴールにたどり着く」ことです。ゴールがわかれば、到達までに必要なステップも見えてきます。各ステップを超えるために何をどう努力するか。①②の攻略法を駆使すれば、そうした努力の道筋がはっきりしてくるでしょう。
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林田 絵美(はやしだ・えみ)
キズキ取締役
「何度でもやり直せる社会をつくる」をビジョンとするキズキの取締役・公認会計士。2015年PwC Japan有限責任監査法人に入社、社会人2年目に発達障害(ADHD・ASD)の診断を受ける。2018年、キズキに入社。うつや発達障害による離職からの再就職を支援する新規事業「キズキビジネスカレッジ」を立ち上げ。現在はCFOとしてコーポレート全般を統括。キズキ、林田絵美Xアカウント
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(キズキ取締役 林田 絵美)