トランプ大統領は何を考えているのか。国際政治アナリストの渡瀬裕哉さんは「有識者の中にはトランプ氏の行動を『場当たり的』と評する声もあるが、それは間違っている。
色眼鏡を捨てて彼の行動を見直すことで、同政権の真意を知ることができる」という――。
■トランプ氏の行動の裏に「首尾一貫した戦略」
トランプ大統領が「ピースメーカー」として活躍している。
第二次トランプ政権下で、トランプ大統領が仲介に乗り出した紛争案件は、ロシア・ウクライナ戦争だけではない。アルメニア・アゼルバイジャン間、タイ・カンボジア間、ルワンダ・コンゴ民主共和国間など、トランプ大統領が和平仲介に乗り出して成功した例が積み重なっている。表面上はトランプ大統領個人がノーベル平和賞を欲しがっている側面が強調され過ぎているため、有識者の中にはトランプ大統領の言動を馬鹿にする声もあるが、それらは実に浅薄な分析だと言える。
なぜなら、トランプ大統領の行動は首尾一貫した戦略の下で行われているからだ。第二次トランプ政権の主要な戦略目標は「中国」である。現在、米国の覇権を脅かす可能性がある存在は、中国以外には存在しない。もちろん中国自体は経済的な苦境に陥っており、その将来展望が明るいわけではない。したがって、米国は中国を中長期的に抑え込んでゆっくりと料理すれば勝利できると見なしている。筆者が面談した米国の保守系シンクタンクの人々も同様の見解であった。
■関税交渉の「真の狙い」とは
米国は国際的な公共財としてリベラルな国際秩序を守るための軍事力を提供してきた。
そして、世界経済を支える消費国、そして基軸通貨国として米ドルを供給してきた。その結果として、米国は過剰な負担を背負い、欧州、中東、東アジアの3正面で敵に対峙するだけの軍事力を維持することが困難になった。それどころか、自国内の製造業を失うことで、軍事力を維持するだけのサプライチェーンを潜在的な敵国(中国など)に依存する状況に陥ってしまった。トランプ大統領はこの状況を是正して、中国と対峙するための体制を整備する取り組みを進めている。
トランプ大統領がロシア・ウクライナ戦争の調停に乗り出すことは既定路線だ。そして、ロシアに対峙して軍事力を示すことは、事前にトランプ系シンクタンクであるAFPIが昨年示した論稿の中で示唆されていたことだ。では、なぜ半年間も平和調停に時間をかけてきたのか。それは欧州に地域的な防衛責任をしっかり持たせることを狙ったからであろう。
第二次トランプ政権の特徴は関税交渉を貿易問題以外の問題解決に用いることだ。トランプ大統領はNATO諸国が自前で十分な軍事費増加とウクライナに対する一定のコミットメントを行うことを約束するまで、EUとの関税交渉を妥結しなかった。つまり、EUが対ロシアで本格的に重い腰を上げるのに要した時間が直近の半年間であったと見るべきだ。EUの軍事力拡大によって、米国の対ロ負担は大幅に軽減されることになる。
(さらにEUは巨額投資を米国に行うことによって米欧の軍事的な一体性は強まることになる)
■ロシアの軍事的影響力は「ガタ落ち」した
アルメニア・アゼルバイジャン間のナゴルノ・カラバフ紛争は、力による現状変更を国際社会が事実上追認した戦後秩序を崩壊させる出来事だった。この出来事はパワーの時代の到来を予感させる事件であった。一方、ロシアの衛星国同士の40年間の紛争を終結させた人物はトランプ大統領であった。
特に、長年懸案であったザンゲズル回廊の取り扱いについて、「国際平和・繁栄のためのトランプ・ルート(TRIPP)」と名付けた事業が実施される意味は大きい。これはアルメニアが米国に同回廊の土地を独占的に開発する権利を99年間提供する権利を与える内容であり、事実上の租借権のようなものだ。米国は同回廊に鉄道やパイプラインなどを設置するが、これはロシア・イランを経由せず、中央アジアが西側と繋がる道を開くものだ。米ロ首脳会談直前の和平調停によって、トランプ大統領はロシアにコーカサス地域で完全勝利した状態で臨んでいたことになる。
この結果として、EUおよびコーカサス方面への進出が阻まれたロシアの軍事的な影響力は著しく落ちることになり、米国はロシアを気にすることなく対中国の作業に取り掛かれることになった。
■中国の影響が強い地域も、結局は「米国頼み」
一方、トランプ大統領はタイ・カンボジア間の紛争の和平を仲介している。両国間で因縁となっている遺跡地域をめぐる紛争は7月に激化の様相を見せたが、トランプ大統領が関税交渉を梃(てこ)にしながら両国の停戦仲介を行った。両国とも中国の影響が濃い国であるが、米国が東南アジア地域に強力なイニシアティブを持っていることを改めて示すものとなった。また、米国とフィリピンは軍事的な連携を深めつつあり、同地域の洋上の安全保障に関する取り組みは着実に強化されている。

他方、中国はお膝元のミャンマー情勢すら安定させることができず、南シナ海を中心に東南アジア各国との衝突を繰り返している。軍拡を継続する東南アジア諸国でもめ事が発生した場合、結局は米国しか頼れる存在がいないという事実が再確認されつつある状況だ。
また、ルワンダ・コンゴ民主共和国間の和平仲介は、両国間の領土保全や武装集団への支援終了などが盛り込まれただけでなく、地域経済統合枠組みとして、米国政府および米国投資家らによる両国を結びつける鉱物資源の開発・加工に関する協力が含まれている。対中国の戦いはレアアースをめぐる攻防が主戦場の一つになるため、米国は国内外の開発案件について確実に手を拡げつつある証左だ。
■対イランの軍事行動は「見事」だった
もちろん全ての和平仲介が思惑通りに進んだわけではなく、インド・パキスタンのカシミールをめぐる紛争については、トランプ大統領とモディ大統領の間で和平仲介に関する見解が異なり両国関係が悪化した。その後、ロシアからエネルギー資源の輸入を続けるインドに制裁を科したことで、インドは中露に接近する姿勢を見せている。そのため、インドはトランプ政権にとっては問題の一つだが、インドが米国との間で深刻な安全保障上の問題をもたらす可能性は低く、インドとの関係は急ぎの案件とは言えない。
トランプ大統領は和平協定だけでなく、必要であれば容赦なく軍事行動も行っている。米国の限定的な攻撃によって、イランは核開発関連施設に打撃を受けた。イスラエルの攻撃で軍上層部が一掃されたこともあり、イランの軍事的脅威はほぼ取り除かれた状況となっている。バイデン政権の対イラン懐柔政策では、イランの核武装を防ぐことは困難であったことは明らかであり、トランプ政権の軍事行動は対比として見事なものだった。
日本・韓国に関しては関税交渉を通じて、軍事的な貢献と経済関係のさらなる一体化を求めることで、両国が中国寄りになる可能性を完全に摘み取ることに成功した。
両国は軍事費増加の約束だけでなく、米国からのエネルギー資源供給拡大を約束した。また、両国からの米国の安全保障関連産業等への巨額投資は、米国との安全保障サプライチェーンとの一体化を決定的に押し進めることになる。これは東アジアの鍵となる国が中国ではなく米国とともに歩むことを再宣言したに等しい内容だ。
■トランプ政権が焦点をあてる「たった一つの目標」
このような一連のトランプ政権の行動を見る限り、その焦点はたった一つの目標に向かっていることが分かる。その目標とは中国に対して軍事的な備えを行うための環境整備を推進することだ。
トランプ政権は欧州、コーカサス、中東などの紛争処理を実施し、東南アジア、アフリカなどの中国が干渉を強める地域での主導権を取り戻し、東アジアの同盟国とはさらなる軍事的な一体化を進めている。
トランプ大統領の行動を場当たり的であると評するのは、同大統領の行動に通底するメッセージを読み取る能力がないと言っているにすぎない。同大統領の行動は対中国という点において常に首尾一貫している。
中国は不動産バブル崩壊から個人消費が落ち込みデフレ状態となっており、中国による経済的な覇権確保はすでに困難となりつつある。中長期的にも同国経済が再び回復するための条件は何も整っていない。したがって、米国が中国との対決に勝利するためには、レアアースなどの一部の資源確保に留意しながら、中国の軍事的な暴発を防ぐだけで事足りる。
トランプ政権は着実にインド太平洋地域に軍事的に集中するための作業を進めている。
色眼鏡を捨てて、トランプ大統領の行動を見直すことで、同政権の真意を知ることができるだろう。

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渡瀬 裕哉(わたせ・ゆうや)

早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員

パシフィック・アライアンス総研所長。1981年東京都生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)などがある。

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(早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員 渡瀬 裕哉)
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