なぜタイタニック号は、史上最悪の海難事故を起こしたのか。最新研究をもとに、歴史の「もしも」をシミュレーションした『とんでもないサバイバルの科学』(コーディー・キャシディー著、梶山あゆみ訳、河出書房新社)の第14章「タイタニック号の沈没をどう生きのびる?」より、冒頭部分を一部再構成し紹介する――。
(第2回)
■もしあなたがタイタニック号の乗客だったら
あなたは思った。20世紀初頭の優雅さを漂わせる蒸気船に乗り、遥(はる)かな海を旅して気分転換するのはどうだろう。
そこであなたは1912年4月10日にさかのぼってイギリスのサウサンプトン港に向かい、ニューヨーク市までの切符を買った。ホワイトスター汽船の誇る最新客船の初航海である。タイムトラベル費節約のため三等船室にしたから料金はたったの8ポンド! 上から六層目のFデッキで、監獄並みに狭い部屋をふたりではなく4人で分けあわなくてはならない。
でもそんなこと、誰が気にする? どのみち部屋では寝るだけなのだ。それに、この船は三等船客にも世界一流の設備を提供してくれる。当時の三等船室といったら、貨物倉を粗雑に改造した換気の乏しい大部屋で客をすし詰めにするのが普通だ。
それにひきかえ、ここは二段寝台なのでそれなりのプライバシーを確保できるし、船尾楼甲板(せんびろうこうはん)〔訳注:船尾にある一段高くなった甲板〕に出れば外の空気にも触れられ、三等船客用のバーまで利用できる。
初めのうちは何事もなく過ぎる。あなたは船尾楼甲板まで足を運んで新鮮な空気を吸い、バーでトランプに興じる。それから退屈しのぎにか、ふと思いたってようやく切符の細かい文字に目をやる。
すると「ホワイトスター汽船」の大きな太字の下に、あなたの乗っている船の名前が記されている。
タイタニック号。
■まずは船の構造を理解しよう
慌ててはいけない。かの有名な沈没事故が起きるまでにはまだ2~3日ある。その時間を有効に使おう。
これからタイタニック号の船内では途方もない数の障壁――救助活動の不手際、差別、大混乱等々――があなたの前に立ちはだかる。だが、当座の大問題は単純に船内をどう移動するかだ。
あなたは三等船客なので最上階のデッキに出るのを禁じられている。これは不便というだけでは済まされない。なにしろ救命ボートはその最上甲板に設置されているのだから。
避難路がないわけではないが通常は施錠されていて、何の標識もなければ避難訓練も実施されていない。標識のない迷路のような廊下や階段やはしごを通らなくては救命ボートにたどり着けないのに、三等船客のほとんどはどこをどう進めばいいのかを知らない。
あなたは学ぶ必要がある。新鮮な空気もトランプも忘れよう。この船の腹のなかを熟知しなくてはいけない。
Fデッキの平面見取り図を子細に眺めていろいろな階段を上がり、さまざまな廊下を歩いてみるといい。もしもたまたま乗組員を見かけたら、船を減速させるよう声をかけてみるのはどうだろうか。なぜなら現状のタイタニック号はニューファンドランド島沖に浮かぶいくつもの氷山のあいだを航行しているのに、速度が速すぎるからである。
■氷山に衝突後、意外にも衝撃は少なかった
1912年4月14日の午後11時40分、見張り台にいたフレデリック・フリートとレジナルド・リーが前方に氷の塊を発見する(のちに重さ約150万トンと推定されている)。船との距離は500メートルもない。イギリス海軍の船と違ってタイタニック号はスポットライトを搭載していないため、巨大な氷山が海面から30メートルあまりにそびえていても夜の闇に紛れて姿がわからなかった。
そして気づいたときには遅すぎた。見張りのフリートがブリッジ(船橋)に電話で知らせたときには、容積およそ5万トンの船が北大西洋を22ノット(時速約41キロ)の高速で疾走していた。そのままのペースでは衝突まで37秒しか残されていない。

氷山発見の一報を受けて、タイタニック号はエンジンを逆回転させながら船首をめいっぱい左に向けた。だが間に合わなかった。正面衝突は避けられたものの、午後11時41分に船は斜めに氷山に衝突して右舷前方を100メートル近くこすった。
あなたはFデッキで眠っているので衝突箇所からの距離はかなり近い。にもかかわらず衝撃はそれほど強くなく、拍子抜けするほどといっていい。ある消防士は衝突箇所から数メートルしか離れていない寝台にいたのに事故にまったく気づかなかった。「死んだように眠っていた」とのちに査問委員に語っている。
■すぐ飛び出すのではなく、一等船客らしい恰好に着替える
眠りの浅かった船客たちは、「大きな振動」「太いケーブルが切れたような音」「ギシギシいいながらぶつかった」「ガリガリガタガタ音を立てた」「かご一杯の石炭を鉄板の上に落としたようだった」といった表現でふり返ることになる。
揺れが小さかったために初めのうちは深刻な問題を疑う者がほとんどいない。だがもちろん事態は深刻である。そこは救命ボートのある場所から6階下だし、もっと下の船倉には毎秒7トンの水が流れこんでいる。行動しなくては。

すぐにでも寝台から飛びだしたくなるところだが早まってはいけない。あなたのいる区画が水没するのはまだかなり先である。賢く時間を使おう。慌てて駆けだすのではなく、まずはタキシードでもドレスでも何でもいいから一番上等な服に着替えるといい。せめて髪だけはとかしておこう。
救命ボートは一等船室に近いデッキで乗客を乗せる。つまり生死のかかったこのタイミングで救命ボートはしばし招待客オンリーのパーティーになっていて、あなたはそこへ招かれざる客として押しかけなくてはいけないのである。だから一等船客らしい恰好をしておくにこしたことはない。最後に、寝台の上にしまってある救命胴衣を着用してから部屋を出よう。
■沈没までの2時間半の中で生まれる人間ドラマ
着替えで数分が無駄になるけれど心配はいらない。タイタニック号は大型船だからそんなに急には沈まない。その気になればあなたもこの大惨事を題材にして長い長い映画を撮れるほどである。
衝突から最終的な沈没までの時間は2時間半あまり。それだけの長い時間、船は極寒の北大西洋で海の重みと戦う。
そして時間の長さもさることながら、もうひとつ特筆すべきは品位をもって戦うことである。タイタニック号は転覆せず、大きくかしぐこともない。そのため、はしごや階段を移動するのが難しくなることもなければ、救命ボートを下ろせなくなることもない。大量の水が流れこみつつあるのに意外にも甲板の傾きは数度の範囲にとどまる。
そのおかげで着替える余裕が生まれるだけでなく、あなたがついにボートデッキにたどり着いたときにも、目に飛びこんでくるのは沈没事故につきものの徹底した大混乱ではない。
勇敢、臆病、度胸、騎士道精神、犠牲、祈り、パニック、さらには音楽までもが入りまじり、社会学の研究対象にでもなりそうな光景がそこには広がる。時間をかけて沈むからこそ最下層デッキの乗客でも脱出できる一方で、この事故をめぐる悪評にひと役買うような人間ドラマも生まれる。
■救命ボートが最大搭載人数の3分の1しかなかった理由
船は優雅に海をすべっていくとは限らない。20世紀の変わり目の時代にはそうでないことがとりわけ多かった。タイタニック号には船の最大搭載人数の3分の1程度を救えるだけの救命ボートしか用意されていなかったのだが、理由のひとつはそこにあった。

つまり、けっして船を設計した人に計算ができなかったからではなく、救命ボートを使う必要があるほど長く人が生きていられるとは予想していなかったのである。
とくに当時はほとんどの船が壊滅的な沈み方をしていた。転覆するか、ばらばらになるか、数分のうちに沈没するか。さもなければ大きく傾いて乗客は歩くのもままならないか、である。だとしたらボートを下ろすどころではない。船の設計者も、乗客でさえも、救命ボートを形ばかりの安全対策ととらえていた(現代の飛行機の救命胴衣をそういう目で見ている人もいるかもしれない)。
誰かひとりでも生きて救命ボートに乗るような筋書きは考えにくかったし、誰もが助かる筋書きとなればなおさらである。19世紀の難破船が直面する厳しい現実を思えば、定員の3分の1相当の救命ボートを積んでいるだけでも救いがたいほどの高望みに思えた。
■タイタニック号は当時最新の防水システムを使用
ところが、タイタニック号の設計士は自らの設計を過小評価していた。タイタニック号が沈むのに不可解なほど時間がかかったのはどうしてなのか、私は船舶設計士で造船技師でもあるジャン=エリック・ウォールに尋ねた。
するとそれは損傷の起き方と、当時としては最新鋭の防水隔壁(※1)システムが用いられていたことのおかげだと説明してくれた。
防水隔壁は船倉を横方向に区切るように何枚か設置される〔訳注:タイタニック号の場合は15枚〕。こうすると一か所の裂け目から水が入りこんでも船全体は浸水せずに済む。乗客と乗組員が船内を移動できるように隔壁には防水扉がついていて、その一部は船長が遠隔操作で開閉できる。
タイタニック号でも衝突直後に船長が防水扉を閉めている。でも心配はいらない。出られなくなるようなことにはならないから。隔壁には天井がない。仮に天井があったら、船の上部に水がたまって船の安定性が崩れるという重大な問題につながりかねない。タイタニック号の隔壁は船底から約15メートルの高さがあり、乗客と乗組員はたとえ閉じこめられても避難ばしごで隔壁を乗りこえられる。

(※1)隔壁は西洋の船舶では最先端の技術だったが、中国の船では少なくとも5世紀から用いられていた。
■あと6メートル隔壁が高ければ沈没しなかった
いうまでもないが、天井がないとすれば明らかに不利な点がひとつある。ある程度の数の区画が浸水したら水の重みで隔壁の上端が喫水線(きっすいせん)より下がり、隔壁システム全体が使い物にならなくなることだ。
タイタニック号の場合は、船首寄りの4つの区画が水につかっても上端が喫水線より上でいられるように隔壁の高さが設定されていた。ところが不運にも、氷山は船体を切りさいて5つの区画に穴をあけた。最終的にタイタニック号には1万6000トンの水が入りこみ、船首が15メートルあまり沈んで水は隔壁の上端を越えた。そのとき「船の墓碑銘が書かれ」たのだと、のちに事故を調査した査問委員が述べている(※2)。
あと6メートルでいいから隔壁が高かったらたぶん船は沈まずに済んだだろうと、タイタニック号の設計助手だったエドワード・ワイルディングはのちに証言している。
実際のタイタニック号の隔壁は沈没を遅らせることしかできなかった。たとえば5番目の隔壁と6番目の隔壁のあいだでは、船内と船外の圧力がほぼ釣りあったために浸水の速度が落ちた。ほぼ20分にわたってごく少量の水しか浸入してこない状態が続いたのである。だが、その後は水が隔壁を乗りこえたために再び新たな水の流入が始まった。

(※2)そうとはいいきれないかもしれない。氷山と衝突したあとでもあなたがタイタニック号を救うチャンスはある。わずかな確率ではあるが。いや、きわめてわずかな、というべきか。しかも信じがたく、呆れるほどに危険でもある。でも可能性があることに間違いはないので、試してみたければ次のようにするといい。

いまでは明らかになっているように、タイタニック号の隔壁の上端は喫水線の上に出たままでいることができなかった。だとすれば、前方の区画全体の約2割を浸水させないようにすれば船を救えるかもしれない。といっても、わざわざ穴をふさごうとするには及ばない。乗組員全員の手を借りたとしても、それはうまくいかなかっただろうと後述のワイルディングは指摘している。

そうではなく、水が入って来る区画を軽量でかさばる物質でふさぎ、重たい水を追いだすのだ。もしくは、いささか危険は大きくなるが、ナショナルジオグラフィックのドキュメンタリー映画『ジェームズ・キャメロンと探るタイタニックの謎』の提案に従ってみるのもいい。船に備えつけられた3500着の救命胴衣を全部集めて、第6ボイラー室に40分以内に詰めこむのである。そうすればもしかしたら船は沈むのをまぬかれるかもしれない。
■船を沈ませない「隔壁」の重要さ
隔壁は船を救えないものの、あなたが行動するための時間を稼いではくれる。もっと重要なのは船の沈下を安定させてくれることだ。隔壁は水の動きを制限するので「自由表面効果」と呼ばれるものを低減してくれる。この場合の自由表面効果を平たくいうと、浸水した水が傾いた側にたまって安定を乱そうとする危険な傾向のことだ。
船倉に隔壁がなかったとしたら、入りこんだ水のせいで船はずっと速く沈んだだろうし、5万トンの船をものの15分で転覆させただろうとワイルディングは語っている。そうなったら救命ボートを下ろすどころの騒ぎではない。
いうまでもないがタイタニック号が徐々に沈むおかげで、乗客の階級間の不平等と船の安全対策のずさんさがあらわになる。三等船客はどこへ逃げたらいいかわからず、自分たちの知っている唯一の屋外、つまり船尾楼甲板に向かう者が多い。
一緒に行ってはいけない。あなたはまっすぐ上を目指すのだ。

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コーディー・キャシディー
著述家

サンフランシスコ在住の著述家。科学や歴史のユーモアあふれる解説に定評がある。『WIRED』誌や『Slate』誌に寄稿。著書に『とんでもない死に方の科学』(共著)、『人類の歴史をつくった17の大発見』。

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梶山 あゆみ(かじやま・あゆみ)

翻訳家

翻訳家。東京都立大学人文学部英文科卒業。訳書に『さぁ、化学に目覚めよう』『LIFESPAN』『とんでもない死に方の科学』『サイモン、船に乗る』『ハキリアリ』『自分の体で実験したい』など多数。

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(著述家 コーディー・キャシディー、翻訳家 梶山 あゆみ)

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