生活習慣病の予防のためにどんなことに気を付けたらいいか。女子栄養大学教授の川端輝江さんは「オメガ3脂肪酸が脳梗塞、心筋梗塞、骨粗鬆症の元となる炎症を抑制してくれる。
青魚を積極的に食べることがお勧めだ」という――。
■生活習慣病の発症リスクを抑えるEPAやDHA
脳梗塞、心筋梗塞、骨粗鬆症、がん、認知症……。若い頃は縁遠い病気に感じていたが40歳を過ぎてあたりから他人事ではなくなった。できれば病院の世話にならず、楽しく美味しく予防したい。
女子栄養大学の川端輝江教授は、オメガ3脂肪酸と言われる成分はこれらの病気の元となる炎症を抑制してくれると指摘し、魚を積極的に食べることを推奨する。
「オメガ3脂肪酸のEPAやDHAは白身魚よりは青魚やマグロに多く含まれています。これらはほとんど海の生き物からしか摂取できない成分で、陸上の肉類にはまったく含まれていません。私たちの調査では、日本人の中高年男性はEPAはその100%、DHAは約9割を魚料理から摂取しています」
EPAやDHAは亜麻仁油や紫蘇油、サプリメントでも摂取できる。しかし、それらは割高なので毎日のように口にすることは難しい。
「栄養素の摂取は『たまに』では意味がありません。習慣にすることが大切です」
川端教授によれば、EPAやDHAは加熱調理をしても損なわれない。また、魚の脂質は背部よりは腹部、骨に近い中心部よりは皮に近い表層に多く含まれる。
つまり、価格も低めのイワシ、サンマ、アジ、サバなどの青魚を日常的に丸ごと食べることが重大な生活習慣病の予防につながるのだ。
■どう調理しても強いうまみが発揮されるのがサバ
青魚のうち、イワシアジはすでに本連載で紹介した。イワシの団子汁と塩イワシは無限に食べられる気がするし、新鮮なアジを自分でさばいて刺身にするとデパ地下の刺身が食べられなくなる。お得でおいしいのでぜひ参考にしてほしい。今日はサバのさばき方と料理法を教わり、さらに健康になろう。
「どうやっても強いうまみが発揮されるのがサバの魅力だね。サバ節があるぐらいだから、もちろんダシも採れる。主菜にも副菜にもなる食材だ。脂のりを重視されがちだけど、脂がのっていなくてもうまい魚だと知ってほしい。特に、国内で獲れる天然のフレッシュなサバは生命の躍動感がある。たっぷりの脂でわかりやすいタイセイヨウサバ(通称ノルウェーサバ)とは肉の味の深さは比べるべくもないし、冷凍の切り身とも全然違う。しっかりとした歯触りとメリハリのあるうまみを一度は味わってほしいね」
この日に小田原港で水揚げされたマサバ(以下、単にサバ)をさばきながら、この大衆魚の魅力を語ってくれるのは、元水産庁職員で鎌倉の鮮魚店「サカナヤマルカマ」でアドバイザーを務めている上田勝彦さん。
手ごろなサイズのサバが1尾500円。大きさと鮮度の割には安いのはなぜだろうか。
「サバは鮮度落ちが早い魚の一つ。網でたくさん獲れても、早く売らないといけないので安くなりやすい。値段、うまみ、ボリューム、料理のしやすさなどにおいて総合的に高得点の魚だよ」
■総合的に高得点のサバは血と寄生虫に注意
サバは大いにお得な魚だとわかったところで下ごしらえを習っておこう。血の多い魚なので、三枚におろした後、さっと水を通して、吸水布などで押さえ拭きをする。血合い骨の穴から出た血が布に点々と付くので血抜きを確認できる。
血抜きを終えたサバはキッチンペーパーで包み、水でしめらせ、紙の上から塩を全体にまぶし、余分な塩をはらい落としておく。短くても1時間、できれば一晩ほど置くと、水分とともに臭みが紙に吸い出され、対して塩分は緩やかにまんべんなく身に入っていく。
「この塩の当て方を紙塩という。紙の毛細管現象を利用した日本料理の古い技法だよ」
塩で締め終えたサバをペーパーをとって皿に出し、酢に浸けると締めサバのできあがりだ。
「寄生虫のアニサキスがいることがあるから要注意。
糸くずのように目で見えるので、よく確認しよう。切れば死ぬので、2ミリ間隔で隠し包丁を入れると安心だね」
サバなどの内臓の表面にいることがあるアニサキスは、魚が死ぬと内臓から離れ、身の中に潜り込んでくるケースがある。鮮度が良いうちに内臓を除去することも対策の一つだ。ちなみに塩や酢では死なないアニサキスも熱には弱いので、サバを焼いたり煮たりすれば心配はいらない。
下ごしらえができたサバはさまざまな料理に使える。せっかくなので焼く、煮る、揚げる、汁にするの全部を教えてもらいたい。
まずは焼き。紙塩でまんべんなく塩が入っているので調味は不要。サバの皮目に格子状の切り込みを入れて焼くだけ。焼き塩サバの出来上がりだ。切り込みを入れないと皮が縮んで身が割れてうまみを含んだエキスが流出しやすくなるので忘れないようにしたい。
■「沸騰手前の温度」がポイント
次に湯煮。
三枚おろししたサバの半身を食べやすい大きさに切り分け、さきほどと同じ理由で皮に切り込みを入れ、たっぷりのお湯におちょこ1杯分の酒を入れた鍋に投入する。
「湯煮とは、つまり茹でるということだが、おいしく茹でるにはコツがある。沸騰手前の温度のお湯で加熱することによって、きちんと熱は入るけれど魚の細胞内の水分は沸騰しないからうまみが水中に流れ出ない。だから、お湯が再沸騰しないように火加減に気をつけながら茹でることが大事だよ」
沸騰させてダシをとるときとの違いを説明してくれる上田さん。理屈がわかると他の料理でも応用できるのが嬉しい。皿に上げたサバの湯煮は、刻みネギとポン酢で食べる。
一方、揚げるときには切り方が重要だと上田さん。縦に幅2センチほどに切ったサバを5センチほどの棒状に切っていく。刺身のように筋繊維を多く切断してしまうと、断面からうまみを含んだエキスが油に流出しやすくなるからだ。
サバの棒タツタ揚げのレシピは、上田さんの著書『ウエカツの目からウロコの魚料理』(東京書籍)に詳しい。ここでは簡略化して記しておく。棒状に切ったサバは、醤油にミリンを塩味がまろやかになるまで加え、全体の半量の酒を加え、ドライイーストをひとつまみ入れたタレに10分ほど浸ける。
タレを切って、片栗粉もしくは小麦粉をまぶし、170℃前後で揚げる。表面がキツネ色になったら油を切って皿に盛る。
「ドライイーストが保湿性を高めるので、冷めてもしっとりうまいよ。たくさん作って、翌日の弁当のおかずにしよう」
■塩漬けした生魚を野菜とともに煮こむ北海道の郷土料理
そして、三平(さんぺい)汁。塩漬けした生魚を野菜とともに煮こみ、その魚の塩分で味を付ける。北海道の郷土料理だ。上記の料理で使ったサバ3尾分のあらをたっぷり使おう。上田さんによれば、ここでも血抜きが大切。
「頭は縦半分、骨は適当な大きさに切り分ける。頭は口の中も忘れずにハブラシでよく磨くんだよ。磨き終えたらボウルに入れて、水を張り、手でゆするようにして洗う。骨の中から血が出てくるのがわかるだろ。
水を換えながら澄むまで洗ったら、これで臭みがとれる」
洗い終えたあらはザルで水を切り、ひとつかみの塩をまぶしてザルに上げておく。洗っているときに身の中に入った水分が抜けると同時に塩味もつく。
「大根は半分を5ミリ幅に厚めにいちょう切り、ニンジン1本は薄いいちょう切りにする。水を張った鍋に昆布と大根、ニンジンを入れて、沸騰したらあらを全部入れて昆布を取り出す。再沸騰すると茶色のあくが出てくるのですくいとる。次に出てくるクリーム状の白いアクもとる。最後に、サラッとした白いあくが出てくるけれど、これはうまみなのでとらないで火を弱める。斜めに1センチ幅で切った長ねぎを1本分入れて、しんなりしたら三平汁の出来上がりだ。味を見て、薄口しょうゆで整えてもいいよ」
まだまだ暑い季節なので、上田さんは爽やかな「味変」も提案。パクチーや大葉のみじん切りとレモン汁をそれぞれ用意しておくのだ。たっぷりの三平汁を飽きずに飲み続けられそうだ。
■「オレは料理できるぜ感が出ちゃっていますよ」
この日は目黒駅前にあるシェアキッチンを友人のAさんが借りてくれた。他に、40代のワーキングマザーBさんと、70代の占い師Cさんも参加するという。いずれも地域活動の仲間らしい。都会でもママ友以外のご近所付き合いはあるんだな。ちなみにAさんはフリーで編集者をしていて、快活で優しいけれど常に率直な人だ。
「大宮さんの丸魚連載、読んでます。オレは料理ができるぜ感が出ちゃっていますよ。現実の発展途上ぶりを出したほうが、一般の読者の共感を得ると思います。私も食べることは大好きですけど、料理は苦手です」
うう、一番言われたくないことをズバリ指摘されちゃったな……。Aさんの言う通り、大根やにんじんの皮むきすら危なっかしい筆者は、下手なくせに上田さんレシピをちゃんと見なかったりして、変な料理を作ってしまうことが少なくないのだ。
実際、一品目の締めサバから失敗した。上田さんに酢締めの時間を聞くのを忘れていて、厚めの半身を適当に30分間ほど酢に浸しただけで切って出してしまった。
「味に腰がないわねえ。締め方が足りないのよ。そこにあるレモン汁をかけてみたら? ほら、2段階アップした」
淡々とコメントするのは70代のCさん。差し入れてくれた自家製手巻き寿司がやたらにおいしいので、かなりの料理上手でグルメのようだ。
■辛口の70代が大絶賛だった一品
次に出したのは焼き塩サバ。
「うん、これはおいしいわよ。骨の周りが特にいい。でも、皮の焼き方が足りないわね。魚は皮がおいしいんだからもったいない」
Cさんからの評価は少しだけ上がったが、やはり改善点の指摘が続く。その隣では、仕事帰りできりっとしたスーツ姿のBさんが心配そうに筆者とCさんのやり取りを見ている。
「このサバはよほど鮮度がいいのでしょうね。冷凍もののサバとは根本的に味が違います」
なるほど。料理ではなく素材を褒める手があったか! それなら筆者も胸を張れる。魚の味がよくわかる湯煮で勝負だ。上田さんも「サバの湯煮は常に最短にして最強」と言っているぞ。
「これは最高ね! うまみが逃げていないし、魚の香りがする。歯応えも素晴らしい~」
今度は手放しで絶賛してくれるCさん。どうやら褒めるべきタイミングを探してくれていたようだ。確かにうまいので、筆者も素直に喜べる。再沸騰しないように注意して茹でただけでこんなにうまいなんて、新鮮なサバはありがたい食材だな。Aさんもホッとした表情をしている。
「私は料理が下手なので、人が作ってくれたものはたいていおいしいです。でも、このプルプルの湯煮は別次元ですね。ポン酢がとても合う!」
■サバ3尾1500円で4人が満腹
みんなに褒められて調子にのってしまい、棒タツタ揚げは揚げ過ぎて焦げ茶色になってしまった。すみません……。
「確かに焦げているわね。でも、魚の味もつけ汁の味もいいわよ」
常に一家言あるCさんとの付き合い方もわかってきた。基本的にこの会食を楽しんでくれているのだから、率直な指摘は深刻に受け止めなくていいのだ。
「臭みがまったくないし、味もいい。おいしい鶏肉の唐揚げだと言われてもわからないですよ。魚嫌いの子どもが魚好きになれそうですね」
子育て中のAさんとBさんは口を揃えて褒めてくれた。確かに、揚げ物が嫌いな子どもは少ない。魚嫌い解消のきっかけにもなる料理だと思う。
最後に三平汁を出した。これは味見の段階で「うん、うまい!」と筆者が断じてしまった。大根を半分と人参1本でもかなりの量になる。魚も野菜もたっぷりとれる嬉しいスープだ。
「いいダシが出てるわね~。魚は焼いてから入れたらどう? もっと香ばしくなるわよ」
Cさんが相変わらず言いたいことを言いながら嬉しそうに飲んでいる。おべっかを使われるよりも心地良いと思えてきた。家庭料理の食卓はこれでいいのだ。
サバ3尾1500円で5品を作り、4人が満腹になった。EPAやDHAをたくさん摂れただけでなく、緊張も学びも笑いもあった。毎日は無理でも、週末は新鮮な青魚を買って料理するという習慣を作るのはどうだろうか。お得に、おいしく、健康になること間違いなしだ。

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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)

フリーライター

1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。

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(フリーライター 大宮 冬洋)
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