※本稿は、東島威史『不夜脳 脳がほしがる本当の休息』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■疲れない脳を「スマホゲーム」で鍛える
「スマホは脳に良くない」という意見は根強い。確かにスマホをずっと見ていると交感神経が優位になるし、脳波も「仕事モード」になる。
いわゆるスマホ中毒の実態は、脳波の「β波過剰」だ。常に注意・情報処理・選択・スクロールという軽い仕事状態なので、注意力や集中力が低下するという意見もある。
だからといって、「スマホは脳に良くない!」「スマホなんて見ずに、読書をして、運動するべきだ!」という考え方は明らかに行きすぎている。
医療の現場は、いつも健康への「ベネフィット」と「リスク」のせめぎ合いだ。リスクがある、とは裏を返せば「影響がある」ということで、うまく使えばベネフィットもある、ということだ。
スマホも同様で、正しく使用すれば健康への大きなベネフィットを生む。最近はスマホのような情報通信機器を用いて健康を促進することを「e-health」と呼び、エビデンスも蓄積してきている。
実はスマホは「悪者」とは限らない。それどころかスマホを使って、脳を鍛えることも可能なのだ。
ここでは「スマホゲームで脳を鍛える」という観点でその効果を見ていこう。
■高齢者におすすめの「レーシングゲーム」
集中力とは、あるタスクを処理中に、他の刺激による干渉をシャットアウトする能力である。つまり、「マルチタスクをする際の切り替え」と表現できる。
高齢ドライバーの痛ましい事故はいまや社会問題であり、その原因の一つは、集中力の低下だ。運転は、同時にさまざまなことをこなさなければならないマルチタスクの塊で、集中力は不可欠だ。
前方を見て、ミラーを見て、足はブレーキとアクセルを踏み分け、飛び出してくる歩行者や左折・右折の判断などを同時多発的にこなす。簡単なようでいて、集中力が衰えると切り替えがうまくいかず、事故につながる。
ところが、運転ならぬ「レーシングゲーム」で、加齢による集中力低下を改善するという有名な研究がある。
アメリカで開発された集中力アップ用のレーシングゲーム「Neuro Racer」は、運転しながら他のタスクを一つだけこなすというものだ。
「一時停止」「進入禁止」「Uターン禁止」などいろいろな標識が画面上に出てくるので、「進入禁止」の標識が出たときだけボタンを押すといった設定になっている。
この「レーシングゲームによるマルチタスク訓練」を1日1時間、週3回のペースで1カ月やりきると、半年間にわたって集中力が強化される効果があった。
■シンプルなゲームで集中力を磨く
これは2013年の研究なのでビデオゲームだし、まったく同じゲームを入手するのは難しくても、アプリなどで入手できるレーシングゲームを「ながら」でやると、似たような効果が期待できる。
ただし、複雑なマルチタスクになると過剰な負担となって逆効果なので、背景などは単調で、運転以外の要素が1つある程度のシンプルなゲームがいいだろう。
ちなみに、集中力に問題がない若い人がやってもあまり効果は期待できないので、「そろそろ運転免許を返納してほしい親」に勧めてみるといいかもしれない。
■集中力の改善には「シューティングゲーム」
子ども時代や青年期、ほとんどの人は集中力が高い。この年齢なのに集中力が低い場合、発達障害の影響という可能性がある。
だが、1回30分のシューティングゲームを週5回、4週間継続することで、発達障害によって低い注意集中力が向上したという研究がある。このエビデンスをもとに開発されたのが、アメリカのAkili社のシューティングゲーム「EndeavorRx」だ。
乗り物に乗って的を撃つこのゲームは「発達障害児の注意集中力を向上させる効果がある」と、FDA(アメリカ食品医薬品局)が承認している。日本でも製薬会社がこのアプリを日本用に再開発し、認可を受けており、「発達障害の治療専用のゲームアプリ」として、「処方」される時代が来る。
ただ、このEndeavorRxの研究論文を見てみると、もともと注意力が低下している子どもの注意、集中力は上げるが、比較対象とした発達障害でない子どもではこの効果はほとんど見られていない。
こうした類の「劇的な効果」は、ビタミンやミネラルの類と考えるのがいいかもしれない。塩分が不足するとぐったりして、体がだるくなり、重症となると生命にも関わる。補充すると劇的に健康になるが、このときの劇的な効果は、もともと足りている人に同じ量を与えてももちろん見られない。
このゲームの場合、集中力が保たれている人がより集中力を向上させる効果は望めそうにないが、大人の加齢に伴う集中力低下対策などには有効な可能性はある。
■「パズルゲーム」で注意力が向上
テトリスに代表されるようなパズルゲームも脳に良いという研究がある。
20代の大学生を対象に「パズルゲームを見ていただけの人」と「パズルゲームをやった人」を比較したところ、ゲームをしている人の注意力は向上していた。
もう少しだけ詳しく言うと、この研究ではゲーム前とゲーム後の脳波と唾液を比較している。パズルゲームをした後の前頭葉の脳波は、ベータ波優位の「注意力向上モード」になっていた。
■ストレスホルモンを減少させる結果も
また、ゲーム後の唾液はストレスホルモンと言われるコルチゾールが減っており、ストレスで交感神経が活性化するとたちまち分泌される「α-アミラーゼ」という酵素も減少していた。つまり、パズルゲームをした後は、「注意力はアップし、ストレスが減少していた」という結果なのだ。
パズルゲームならどれでも同じ結果が出るというわけではないだろうが、夕方から夜の電車で、テトリスやぷよぷよなどのゲームをしているビジネスパーソンは、無意識にこの効果を取り入れているのかもしれない。
■脳を喜ばせたいなら「ポケモンGO」
意外だが、もしかすると脳を鍛える最強スマホゲームかもしれないのが、ポケモンGOだ。
ポケモンGOに代表される拡張現実型モバイルゲーム(ARゲーム)について36もの研究をまとめた論文によると、ARゲームをやる人はやらない人に比べて運動量が多く、注意、集中力が高い傾向があった。
研究の中には「定期的にポケモンGOを行う人は海馬の体積がやや大きい」「空間記憶タスクのテスト結果が良好」という報告も含まれている。
ただし、ポケモンGOは「実際に外を歩く」というウォーキングの影響も大きいので、個人的には「海馬が大きくなるとまで言い切るのはどうかな?」と感じる。
だが、歩くことも脳にポジティブな影響を与えることをトータルで考えれば、「脳が喜ぶゲーム」とも言える。というわけで、僕のスマホにもポケモンGOが入っている。海外の学会に行くと必ず、日本では捕まえられないポケモンを捕まえるようにしている。
文献から読み解くと、1回につき30分から1時間、週に3回を1カ月から3カ月ほど続けてみると良さそうだ。
スマホに限らないが、ゲームには、「1人でやるもの」と「多人数参加型のオンラインRPG」などがある。「多人数参加型オンラインRPGで、言語能力が上昇した」という研究もあり、うまく活用すれば、さらに脳を鍛えることができるかもしれない。
ただし、「コミュニケーション能力が低く、社会的に孤立しやすい人はインターネット依存に陥りやすい」というリスクがある。「人とつき合うのが苦手」という人は、注意が必要だ。
■海馬を鍛える「マインクラフト」
カリフォルニア大学の研究では、マインクラフトが海馬にどのように影響するかを、平均年齢20歳、82名の健康なマインクラフト未経験者を集めて行われた。
この人たちに、平日45分、2週間マインクラフトを行ってもらい、海馬が強く関係する「パターン分離能力」がどの程度向上するかが調べられた。その際、
1.自由建築
2.指示つき建築
3.自由探索
4.探索+建築
の4グループに分けて評価が行われた。結果、「1.自由建築」以外のすべてのグループで、海馬の能力は向上した。
個人的に興味深いのは、「1.自由建築」よりも、「2.指示つき建築」のほうが海馬機能が強化される、という点だ。一見自由なほうが脳を使いそうだが、人間は好き勝手にするよりも、指示や制限があったほうが頭を使う、という好例だろう。
動物実験などにおいては、空間探索や、新規性などの刺激が海馬機能を強化することが示されており、おそらく人においてもそれはそのまま当てはまる。
マインクラフトやメタバース、VRなどの仮想現実空間により、身体機能が衰えた後でも刺激に満ちた冒険の日々を送ることが可能となり、これらは積極的に活用したほうがいい。
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東島 威史(ひがしじま・たけふみ)
脳神経外科医
医学博士。専門は機能脳神経外科(脳神経外科専門医・指導医、てんかん専門医)。トゥレット症候群やイップスなどの希少疾患をはじめ、パーキンソン病やてんかんに対する脳手術を多数経験。実際に脳に触れ、切除し、電気刺激をする経験から脳機能を学ぶ。臨床の傍ら研究費を取得し、大学の研究員として脳機能研究も精力的に行う。2019年から横浜市立大学附属市民総合医療センター助教、2025年より横須賀市立総合医療センターに「ふるえ治療センター」を設立、センター長を務める。また、プロ麻雀士の顔ももち、脳の機能と活性化について臨床研究にいそしむ。2020年から子ども麻雀教室で行った研究で「子どもが麻雀をすると知能指数が上昇する」ことを示し、心理学のジャーナルに論文を発表した。
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(脳神経外科医 東島 威史)