ドナルド・トランプとは何者か。元外交官でキヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問の宮家邦彦さんは「自分の名声や評判を高めるための戦術に終始している。
ゆえに、彼が他国のために米国の軍事力を行使するハードルはかなり高い」という。ライターの梶原麻衣子さんが聞いた――。
■行き当たりばったりの「トランプ流」
――第二次トランプ政権の外交政策をどうご覧になっていますか。
【宮家邦彦氏(以下敬称略)】第一次政権時は共和党主流の人たちが健在で、トランプ大統領を警戒していましたよね。政権スタッフにもペンス副大統領に近い主流派の政治家が押し込まれていました。閣僚はトランプ大統領の方針と合わず次々とクビにはなりましたが、外交政策にも共和党の伝統的な手法や理念が生かされていました。
ところが第二次政権ではトランプ自身が共和党を乗っ取り、骨抜きにして「トランプ党」に変えてしまいました。それによって伝統的な外交政策を担ってきた人たちは周囲から排除され、手法もより「トランプ流」になった。よく言えばこれまでとは全く違うやり方を模索しているとも言えますが、悪く言えば行き当たりばったりの素人的手法です。
第一次政権で安全保障担当の大統領補佐官を務めたジョン・ボルトンも「第二次トランプ政権には戦略も哲学も政策もない」と言っていますが、これは間違っていないと思います。
通常の外交政策は定石と現実を押さえなければなりません。外交交渉ではボトムアップで下からお互いの要求や条件を積み上げたうえで、最後にトップが出ていくのがセオリーです。
が、トランプ大統領は何も決まっていないのに、「プーチン、ゼレンスキー、アラスカで会おう」と発信してしまう。これをやられたら、外交担当者は仰天するよりほかありません。
また、そもそも「プーチンは俺と直に話せば停戦に応じるだろう」というトランプ大統領の認識は、「プーチンは停戦には応じない」という現実を無視しているわけです。現実を無視している状態で、外交ができるはずもありません。
■国がどうなるかは二の次
――戦略も哲学もない、現実も無視しているとなると、トランプ大統領は何に基づいて外交政策を展開しているのでしょうか。
【宮家】一言で言えば、自己愛と戦術です。トランプは自己愛性パーソナリティ障害の気がある、つまり自己の能力を素晴らしいものだと過大に評価し、その自己評価と同様に世間からも称賛を受けるべきだと考えています。
自分が評価されることが第一なので、国がどうなるかは二の次、三の次になっている。自分の名声や評判を高めるための戦術に終始していて、結果がどうであれ、「どうせみんなすぐに忘れるだろう」と開き直っているのでしょう。
――政権スタッフや官僚は大変ですね。
【宮家】トランプは官僚組織を「闇の政府(ディープステート)」と認識し、信用していません。政権から離れていた4年の間にシンクタンクを作って、そこで練った政策を、自分に近い人たちに実行させ、うまくいかなければクビを切ればいいというやり方です。

■トランプ現象はまだ続く
――トランプはアメリカ国内の、いわゆる「忘れられた人々」の支持を得て大統領に選ばれています。しかしこうしたやり方では、彼らが救われることはないのではないでしょうか。
【宮家】相互関税でアメリカに製造業を取り戻し、国内を豊かにすると言っていますが、そんなに簡単にいくなら、もうとっくに誰かがやっているわけで、そうはなりません。
トランプ支持者はMake America Great Againというトランプのキャッチフレーズから「MAGA」と呼ばれますが、トランプのやり方では彼らは救われない。トランプ的なるものをやっつけるために一番いい方法はMAGAを豊かにすることですが、今の民主党は頼りになりません。
民主党はもともと労働組合の支持を受けていたのですが、民主党自体が変質し、よりリベラルになって性的少数者などマイノリティの人権ばかりに注目するようになったことで、特に男性の白人労働者は「自分たちに目が向いていない」と感じるようになりました。
その彼らがトランプ支持に向かったことで、今のような結果が生まれています。しかし民主党も白人労働者も簡単には元には戻りませんから、トランプ現象はまだ続く。彼らがアメリカ社会に不満を持つ限り、トランプ現象は何度も繰り返されることになります。そのうちにアメリカ自体の国力も落ちていくでしょう。
■一度も「台湾防衛」を口にしていない
――そうなると特に安全保障面で、日本がやらなければならないことはより増えそうです。
【宮家】現時点では、日本の「トランプ政権」に対する信頼は失われても、「アメリカ合衆国」に対する信頼はまだ失われていないと思います。
しかしこの状況が3年続き、トランプ後もさらに4年、8年、12年と同じ傾向が続くとなると、日本の対米認識や感情が変わるかもしれません。
安全保障で言えば、日本は限定的ではあるけれど、安倍政権の時に集団的自衛権行使を容認するなど体制を整えてはきました。自衛隊の部隊編成も南西シフトに変え、陸海空の統合作戦を行うための統合司令部も設置されました。これでようやく、仮に有事が起きた際の日米連携で日本側を取り仕切るためのポストができたことになります。
ただし、トランプ大統領は一度も「台湾防衛」を口にしたことはありません。
アメリカは台湾関係法で台湾を守る義務を国際法ではなく国内法上の義務として課したうえで台湾を支援してきました。が、実際に台湾有事が発生した際にアメリカ軍が行動を起こして台湾を防衛するかについては明言していません。
■キッシンジャーによる「曖昧戦略」
台湾関係法に先んじてヘンリー・キッシンジャーが1972年に編み出した「曖昧戦略」は一種の芸術です。中国の「中国は一つ」という立場を承認はしないけれど、認識(アクノレッジ)するということで、支持するとも承認するともいわず、中国が武力統一に乗り出した場合にアメリカがどのような行動に出るかも明言せずにきました。
これは中国軍が独力での台湾侵攻が不可能な時代には抑止力として機能しました。今の中国軍はその気になればできるかもしれませんから、「アメリカがどんな行動に出るかわからないなら、やってしまえ」となる可能性がある。だからこそ「曖昧戦略をやめて、台湾防衛を明言する明確化戦略にかえるべきではないか」という声がアメリカでも上がり始めたのです。

ただ、私は曖昧戦略を変えるべきではないと思っています。というのも明確化戦略にした場合にどうやって中国を抑止するのかはまだはっきりしていないからです。むしろ逆効果になりかねないという懸念すらある中で、50年間機能してきた抑止メカニズムをご破算にすることはないだろうと思っています。
ではトランプ大統領はどうなのか。彼が曖昧戦略をどの程度理解しているかは分かりませんが、とにかく戦争したくないという立場であることは明確です。戦争するのはばかげている。血を流すのではなく、取引で解決するのが一番だと考えているので、見かけ上は曖昧戦略に戻ったように見えています。ただしその本質はかなり変わっていると捉えるべきでしょう。
■トランプが軍事力を行使する4条件
――トランプが台湾有事に介入するかは、かなり疑問ですね。
【宮家】私は、「誰が見ても中国が横暴で、台湾があまりに気の毒だ」と思えるような形で事態が推移する場合には、アメリカが何らかの形で介入する可能性があると思っていますが、必ず介入するという話でもありません。
そのことを考えるうえでのいい例が、イランに対する攻撃です。イスラエルのネタニヤフ首相は、軍事力行使を嫌がるトランプ大統領を説得して、イランを攻撃させました。
これは台湾にとっての大きな教訓で、トランプが台湾のために軍事力を行使するには、どのような条件が揃えばいいかを考える材料になります。
第一に、死ぬ気で戦う姿を見せなければならない。
そして第二に、優勢に戦わなければならない。
第三に、トランプ大統領としては、介入した結果、FOXニュースが「よくやった」と称賛して評判が上がらなければやる意味がない。
そのため、第四に、劣勢であれば介入しない。負け戦には加担したくないと考えるからです。
となると、台湾は死ぬ気で戦って有利な状況を作り出さなければなりませんが、中国相手にそれを実現するのはかなりの困難を伴うでしょう。
■日米同盟という「保険」をどうするか
――日本としても、アメリカからの要求は強まる一方、台湾有事や尖閣有事に介入してくれるかは心配なままという立場に置かれています。
【宮家】日米同盟は保険みたいなもので、入っておけば安心だし、保険会社の側も被害が出るまでは「補償します」と言うんですよ。しかし保険金の支払いの段になれば、あれこれと条件を確認して、満額払うわけではない。
同盟もこれと同じで、「尖閣は日米安保第五条の対象に含まれますか」と確認すればアメリカは「はい」と答えますが、だからといってどのような状況下でも軍事介入という約束が必ず守られるかと言えば、そうではありません。
だからといって「では保険をやめますか」と聞かれても、やめないでしょう。
日本が同盟関係という保険をかける相手は、アメリカしかいない。中国、ロシアの保険なんて、それこそ保険金は支払われません。一番安い掛け金で、一番配当のいい保険であるアメリカを相手に選ぶのは当たり前です。
しかし、同盟という保険は日本側の努力を条件にしていて、自国のために戦わない国には誰も助けの手を伸ばしません。安保同盟はguarantee of safety、つまり「安全を保証するもの」ではないのです。それは台湾でも日本でも同じこと。防衛費増額もアメリカから言われて決めることではなく、自分で決めるべきことです。
■幸せで長い戦間期はもう終わる
2025年は戦後80年の節目でしたが、国際社会は小さな紛争はあっても世界大戦は起きない、幸せで長い戦間期を過ごしてきました。しかし歴史の大きな流れから見ると、これは間もなく終わりを告げると考えるべきです。
すでにトランプ大統領の主導で、自由でオープンな貿易や国際秩序も閉ざされる方向に進んでいます。戦後、広がってきたグローバリズムの波は一度下火になり、民族主義が再び台頭してくる流れにあります。日本でもその兆候が見え始めていますよね。
パラダイムシフトが起きる中で、人口減の局面に入っている日本は、これからの荒波をどう乗り越えていくのか。日本に残された時間は少ない。トランプ云々ではなく、日本が生き延びるための戦略を必死で考えなければならないのです。

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宮家 邦彦(みやけ・くにひこ)

キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問

1953年神奈川県生まれ。78年東京大学法学部卒業後、外務省に入省。外務大臣秘書官、在米国大使館一等書記官、中近東第一課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、在イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任。2006年10月~07年9月、総理公邸連絡調整官。09年4月より現職。立命館大学客員教授、中東調査会顧問、外交政策研究所代表、内閣官房参与(外交)。

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梶原 麻衣子(かじわら・まいこ)

ライター・編集者

1980年埼玉県生まれ、中央大学卒業。IT企業勤務の後、月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経て現在はフリー。雑誌やウェブサイトへの寄稿のほか、書籍編集などを手掛ける。

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(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問 宮家 邦彦、ライター・編集者 梶原 麻衣子)
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